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指痛で棄権も覚悟した上田桃子選手の“無欲が生んだ”逆転優勝

プロキャディが語る! 2019シーズン熱戦エピソード /新岡隆三郎編

2020/06/15 ゴルフサプリ編集部

新型コロナウイルスによる“ゴルフ自粛生活”に辟易しているゴルフファンに、少しでも楽しんでいただきたい! そして、相次ぐ大会中止によって活躍の場が減少しているプロキャディの皆さんに少しでも露出できる場を創造したいという考えからスタートしたこの企画。

男女ゴルフツアー・2019年シーズンにおいて、プロキャディたちが厳選した“熱戦エピソード”や裏話などを臨場感たっぷりにお届けします!

今回、登場してくれるのは新岡隆三郎キャディ。2006年から本格的なプロキャディとなり、担当した片山晋呉選手はその年の賞金王に。2019年シーズン、女子は上田桃子選手、男子は岩田寛選手のキャディを担当した。そんな新岡キャディのお話は、上田選手優勝のあのエピソード。

右手中指に激痛。朝の時点では棄権を覚悟するほどだった

新岡キャディにとって、昨年一番印象深かった試合は、自身がキャディを務めた上田桃子選手が逆転優勝を果たした「Tポイント×ENEOS ゴルフトーナメント」。多くのメディアで、すでに報じられているので、ご存知の方も多いかもしれないが、このとき、上田選手は右手の中指を故障し、痛みに耐えながら18ホールを回りきり、勝利を手にしたというドラマティックなゲームだった。

「最終日の朝、上田選手から連絡があり、『右手中指に激痛走り、曲げることもできないので、プレーは無理かもしれません』と伝えられました。とにかく、コースには行くけれど、棄権する可能性が高いとのことだったんです。それで、コース到着後に、ダメかもしれないけど、一応、練習場に行ってみました。何球か打ってみると、ドライバーはティアップしているので打てる。数球しか打てませんでしたが、一応、スタートしてみる? 18ホール回れたらいいね…くらいのノリで1番ティに向かいました」

最終日、上田選手は首位と1打差の4アンダーで、最終組の一つ前。好位置につけていたものの、指の痛みのせいで、優勝を狙うどころか、途中棄権を覚悟しながらのスタートとなった。

無理はせず、セカンド以降はいつもより1番手大きいクラブを選択

「朝の練習場でもティアップして打つ分には大丈夫だったのですが、問題は地面から直接打つことになるセカンドショット以降でした。とにかく、無理せずに1番手大きなクラブを持って、軽めに当てるくらいのイメージで打つことにしたのですが、1番ホールはそのセカンドショットが乗って、パーが獲れたんです。『これ、ナイスパーだね、あと17ホール、頑張ってみようか?』と、1ホールずつ消化していった印象でした」

1番、2番でパーを取り、3番のショートホールではバーディも獲得する。

「何ホールか進んで、右手中指を使わないで打つことに、だんだん慣れてはきたのですが、余計なところに力が入っているのか、腕がパンパンに張ってきて、途中途中、トレーナーにマッサージしてもらいながら、ラウンドしているような状況だったんです」

とにかく、無理はせずに1ホールずつを消化。18ホールを回りきることしか、考えられないくらいの状況だった。それにも関わらず、3番パー3と、5番パー4で、バーディを獲得。

「いつもと違うグリップにも慣れたせいか、6番ホールくらいから、セカンドショットもいつもと同じ番手で打てるようになってきたんです。それでも、常に『次のホールでダメかも』と思いながら、ラウンドしていました。そんな状況ながら、5バーディ、3ボギーで、何とか18番ホールにたどり着いたんです。もちろん、優勝なんて、まったく考えていませんでしたが、18番ホールのグリーンに上がって、ボードを見たら、逆転して首位に立っていることがわかったんです」

18番グリーンに来るまで首位に立っていることは知らなかった

この日、首位でスタートしたのは申ジエ選手。11番ホールまでに3バーディ、ノーボギーの完ぺきなゴルフを見せ、そのまま優勝しそうな勢いをみせていた。だが、12番、14番でボギーの後、15番で痛恨のダブルボギーを打ち、スコアを落としていた。

「百戦錬磨、堅実なプレーで有名な申さんが、そこまでスコアを落としているなんて夢にも思いませんでしたから、驚きましたよ。トップに立っているとわかりましたけど、上田選手には特に何も言いませんでした。たぶん、彼女もボードを見て、気づいていたと思います。あえて何も言わず、最終ホールもバーディチャンスにつけていましたが、入ればラッキーだし、入らなくて並ばれても、プレーオフくらいの気持ちでいました。最終18番のグリーンまで来られただけでラッキーと思えるほどの状況でしたからね」

18番ホールは結局、パーでフィニッシュ。朝の時点では、18ホール回りきることすら難しいと思われた上田選手が、スコアを2つ伸ばして、首位でホールアウトすることとなったこと自体が驚きだ。上田選手自身、優勝会見で「まさか」を5連発したことからも、予想だに、していなかった勝利だったことがうかがえる。

写真は2019年のスタンレーレディスの上田桃子選手と新岡キャディ。(写真/相田克己)

無欲の勝利は本当にあるのだと実感

痛みをこらえながらのプレーを余儀なくされた上田選手だったが、朝の練習グリーンから、パッティングの調子だけは良いように感じたという新岡キャディ。

「中指を曲げられないので、パッティングのグリップも変えなければならなかったのですが、変に力が入らないせいか、練習グリーンでみたパッティングの調子はその週で1番良かったように見えました。それでも、まさか優勝するとは夢にも思いませんでしたけど……」

上田選手のその後の指の調子も心配されたが、痛みがあったのはその日だけで、翌週の試合からは、何の問題もなくラウンドできるようになり、一安心。

「このTポイント×ENEOS ゴルフトーナメントが、2019年で印象に残っている試合ですが、今後のキャディ生活の中でも印象に残る試合になったのは間違いないですね。朝の時点では棄権すると思っていたくらいだから、変なプレッシャーがなかったのも良かったのかもしれません。それにしても、無欲の勝利って本当にあるんだと実感しました」

もし、上田選手が棄権することになったら「映画を観に行こうと思っていました」と新岡キャディ。選手を支える側もカリカリせずに、肩の力を抜いて18ホール帯同したことが、ノンプレッシャーのラウンド、無欲の勝利を呼び込んだのかもしれない。


新岡隆三郎(にいおか・りゅうさぶろう)
1973年2月1日生まれ。埼玉県出身。 研修生時代の1999年に勉強を兼ねて片山晋呉選手のキャディを務め、JCBクラシック仙台の優勝を経験。その後、研修生に戻るも、2006年に片山選手に呼び戻される形でプロキャディに。その年、片山選手は賞金王となる。片山選手で6勝、北田瑠衣選手で1勝、岩田寛プロ2勝。上田桃子選手で1勝を挙げ、通算10勝。2018年度から、女子ツアーでは上田選手、男子ツアーでは岩田選手のキャディをつとめる。

取材・文/下山江美
Special Thanks/伊能恵子
企画・構成/ゴルフサプリ編集部

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