最後のプレーは勝者のように

「たくさんの感動をありがとう」と書かれた垂れ幕 を持った多くのファンに囲まれた18番グリーン。川﨑春花は約1メートルのバーディパットを先に決め、3メートルほどのパーパットを残していた上田のラストプレーを演出しました。
これは惜しくも入らずボギーでのフィニッシュとなりましたが、グリーンサイドに多くの選手が出迎えた様子はまるで優勝シーンのようでした。

母・八重子さんが語ってくれた「上田桃子」とは

2005年夏にプロテストに合格。9月にツアーデビューしてからロープ際で上田のプレーを見守り続けていたのが母親の八重子さんです。
その八重子さんに、シーズン中に話しを聞く機会がありました。
今年6月で38歳。「どうしてこんなに長くトップレベルを維持できるのですか?」という質問に、こう答えてくれました。

食事中にも急にゴルフスイング 「常にゴルフのことを考えています」

「頭の中は常にゴルフ。遠征では一緒に食事することもありますけど、その最中に急にスイングすることもあるんですよ」。
遠征中の食事は貴重なリラックスタイム。各地の名物料理に母娘で舌鼓を打っている時でも、何かを思い出すとお箸を握る手がいつの間にかクラブを握るグリップの形になったり、スイングの動作をチェックしたりとなることがあるそうです。

トレーナーは「メンタルにも『オフ』を」と言うものの…

年齢を重ねたことで、さすがに試合のない日もひたすら練習、とうことはなくなりました。
とはいっても…クラブを持たないと手持ちぶさたになるためでしょうか。コースや練習場に行かなくても常にもっと上手くなるには。もっと強くなるにはどうすればいいのか、を考えているのだとか。
「トレーナーさんからは、身体だけでなくメンタルも『オフ』にしないと休んだことにならない、と言われるんですけど…」と八重子さん。
この絶えることのない向上心が強さの源なのでしょう。

帯同トレーナーをつけて自分の身体を知る

上田が一気に躍進したのは2007年でした。
4月の「ライフカード」で初優勝すると、トータル5勝を挙げて賞金女王に。11月には日本で開催されるアメリカLPGAツアーの「ミズノクラシック」(現在の「TOTO」)で優勝して、翌08年からは主戦場をアメリカに移しました。
「この時にトレーナーさんも一緒に来ていただきました」(八重子さん) 。
常に帯同してもらうことによって日々、必要なトレーニングやメンテナンスができたのに加えて、自分の身体のことを色々と知ることができたのはアスリートとして貴重な財産になったはずです。
これも20年という長期に渡ってツアーの第一線で活躍できたことに繋がっています。

セレモニーでは仲間たちを気遣い

多くの選手たちが上田の似顔絵が描かれたTシャツを着て参加したホールアウト後のセレモニーでは「応援してくださったたくさんの方に感謝しかないです。一日一日を精一杯生きてきたので、もう20年かと。プロゴルファーやってきてよかったと思います」とスピーチしました。
その後の記念撮影の際には「みんな、明日があるから」と決勝ラウンドに進んだ選手を気遣って進行を促すシーンも。
まだ大会は途中で、主役は3日目以降もプレーする選手たち。
さりげなく出た言葉に、愛され、尊敬される理由がにじみ出ていました。

(文/森伊知郎)