「華ならできる」と励まし続けてくれた父・信幸さん
最終日のラウンド中は一度もリーダーボードを見なかったため、ホールアウトした時は勝利の確信がなかった脇元も、グリーンサイドで原英莉花に。クラブハウスでも多くの選手に祝福されると涙が止まらなくなりました。
その後の会見では「どんなに悪い時でも『華ならできるよ』と励まし続けてくれた父と祖母には頭が上がらないです。 ずっと応援してくれた父に優勝を届けたかった」と信幸さんに最大限の感謝の言葉を述べました。
8歳でゴルフを始めてから6年、父は強要を一切せず“本気”になるのを待ち続けた
脇元がゴルフの始めたのは8歳の時でした。
信幸さんは最初から「プロになってほしい」と思っていたそうですが、本人にあまりその気はなし。
「日曜日に今日はゴルフ行くか?と誘っても『雨が降りそうだから』と断るんです。絶対に降りそうにないのに…」(信幸さん)。
練習場に行ってもボールを打つよりも「そこで飼っている猫と遊んだりしていました」(脇元)だったという。
中学生にもなると大会で結果を出す同世代の子も出てきます。
我が子をプロにさせたい、と思う親だと焦りが生じてもおかしくありません。
そのため半ば強制的に練習やラウンドに連れていくのはよくあること。
ですが信幸さんは「本人が(ゴルフを)好きにならないと。やる気にならないと、というのがありました」と前述のような場面でも無理やり連れ出すようなことは一切しませんでした。
タイ合宿での「偶然」がプロゴルファー脇元華を生んだ
それが一変したのが、中学2年生で参加したタイでの合宿でした。
隣のコースでアメリLPGAツアーの「ホンダLPGAタイランド」が開催されていたので観戦したところ「宮里藍さんや上田桃子さん。ミシェル・ウィーやヤニ・ツェンを見て、こんなキラキラした世界で私もやってみたい」と脇元の“やる気スイッチ”がオンになります。
以後はゴルフに対する態度が一変。手がボロボロになるまで練習するようになったそうです。
この合宿は海外といっても実績のある「エリートジュニア」が参加するものではなく、1週間ほど前にたまたま声をかけられて行くことにしたもの。
ちょうどそのタイミングでLPGAツアーが開催され、見に行くといったことが重なり「その偶然がなかったら『プロゴルファー・脇元華』はなかったでしょうね」と信幸さんは振り返ります。
プロテストは河本結、原英莉花、渋野日向子、稲見萌寧を上回る順位で合格!!
プロテストは3度目の挑戦だった2018年に8位で合格。これは河本結(9位)、原英莉花(10位)、渋野日向子(14位)、稲見萌寧(20位)を上回るものでした。
実質ルーキーだった2019年は賞金ランキング47位でシードを獲得。
昨シーズンは自己ベストのポイントランキング25位になりました。
それが今シーズンはオフに手術を予定している腰痛の影響もあり、「伊藤園」前までのポイントランキングは58位で、シード陥落のピンチに…
トップ10は7月の「明治安田」での9位が最後。直近6試合は予選落ちが2回と棄権が1回とドン底の状態。そんな時に信幸さんはあえて厳しい言葉をかけたのです。
「あと3年」の“最後通告”
「プロゴルファーとしてできるのは、あと3年だよ」
経営者でもある信幸さんは、会社でも目標を立てさせる際は必ず「○月○日までに」と日付けを付記させるのだそうです。
「無期限、というものはありません。それが“夢物語”のようなものでも、華には小さい頃から必ず目標には日付けを入れさせていました」
それが今回は期間を決めての、いわば「最後通告」のような厳しいものですが、脇元には「魔法の言葉」になったようです。
「伊藤園でのフェアウェイキープ率は初日と最終日が100%で2日目に2度外しただけの95.4545%(シーズンは70.7589%で28位)。
グリーンを外したのも2日目と最終日は各1回だけで、3日間通算でも6回。
パーオン率は88.8889%で、これもシーズンの68.9815%(42位)を大きく上回るものでした。
「自信をもらいました」と父に最高の恩返し
まさしく「勝者のゴルフ」を目の当たりにした信幸さんは「明確にやることを決めて、努力し続けていれば結果は出る、と。逆にこっちも自信をもらいますよね」と言いました。
こう思ってもらえたのは、最高の恩返しでしょう。
今シーズンは残り2試合。最終戦の「JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ」は地元宮崎での凱旋試合となります。
「あと3年」の期限も伸びたはず。
ツアーでも屈指の“華”のある脇元の今後のさらなる活躍に期待です。
(取材・文/森伊知郎)




