「俺は海を越えたと思っても和歌山だったよ(笑)」
当時、その場にいたメディアも予想していなかったツーショットだった。
2017年、世界ランキング4位だった松山英樹。同年唯一の日本ツアー出場が「ダンロップフェニックス」。試合前日の水曜日、松山英樹は練習場に到着するとすぐに尾崎将司氏のもとに挨拶にいった。当時70歳の尾崎氏は満身創痍の状態で試合に出ていた。苦しそうな表情をする日々が続いていたが、松山が来るとひさしぶりに彼らしい笑顔で話をしていた。
「たいしたもんだよ。同じ四国出身なのにな。俺は海を越えたと思っても和歌山だったけど、そっち(松山英樹)はアメリカだもん。和歌山とアメリカじゃ、全然違うよ。ほんとにたいしたもんだよ」
また松山の腕と首に少し腫れた部分があるのを発見した尾崎氏は、
「どうしたんだ、それ。虫かなんかに刺されたのか。バーディっていう蜂じゃないのか(笑)」
初日のペアリングで同組になったことについては、
「これが20年前ならよっしゃーとなるよ。今は体調がな。『人生は重荷を背負うがごとし』だよ」
10分程度の時間でしたが、2人だけの貴重な会話。松山英樹が去った後、報道陣に囲まれた尾崎氏は次のように語っていた。
「向こうの試合(PGAツアー)はけっこう見てたよ、ほかにやることないから(笑)。世界のゴルフのレベルはどんどん上がってきている。まず飛距離が伸びている。そこについていきながら勝っているからな。相当なトレーニングというか、鍛えていると思うよ。俺は日本しか見ていなかったけど、ヒデキは世界を見ている。色んな方法論とか練習を試しているんだと思うよ」
「最後に入れたのがかっこいい」
約4年ぶりに実現した松山英樹と尾崎氏のペアリング。大ギャラリーが見守るなか、初日の松山英樹は4アンダー。尾崎氏は6オーバーだったが、最終2ホールで連続バーディを奪う意地を見せた。初日を終えた松山英樹は尾崎氏のプレーについて、
「自分にはできないようなスピンアプローチがあった。最後もここで入れたらかっこいいなとみんなが思っているところで入れた。かっこいいですね」
一方の尾崎氏は、
「松山は世界レベルのプレーヤーだから。このコースは短い。普通に回ればアレくらい(4アンダー)くらいのスコアは出るんだろうな。とりこぼしもあったけど」
尾崎氏の訃報について、松山英樹はこのときの試合を振り返りながら哀悼の意を示した。
「ジャンボさんとは、2017年のダンロップフェニックストーナメント予選ラウンドをご一緒にプレーさせていただきました。当時70歳とは思えないほどの圧倒的なオーラと力強いプレーは、今でも鮮明に記憶に残っております。それが最後の機会となってしまったことが、非常に残念でなりません。
日本のゴルフ界の発展に多大なるご尽力をされてきたことに、心より敬意を表します。
私自身をはじめとする若い世代が、これからの日本ゴルフ界を次の世代へと繋ぎ、さらに盛り上げていける存在でありたいと改めて強く思いました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます」
伝説のラウンドから約10年。今年の松山英樹はPGAツアー14年目を迎える。初戦は1月15日に開幕する「ソニーオープン」。“さらに盛り上げてくれる活躍”を日本のゴルフファン、そしてジャンボファンは待っている。





