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日本の聖地100選|鹿児島県霧島ゴルフクラブ|日本の南端にある保田与天の傑作

2018/11/12 ゴルフトゥデイ 編集部

カナダ・カップ団体優勝の小野光一を師に、建築家からコース設計家に転身した保田与天。手がけた数は少ないが、霧島ゴルフクラブは9、3、6ホールの三ループからなる貴重なコースである。

日本の南端にある保田与天の傑作、鹿児島県霧島ゴルフクラブ

ここの名物ホール打ち下ろしの3番パー5、フェアウェイからグリーンを望む。遠景の錦江湾と桜島の見事さに加え、バンカーの配置も戦略性に富む。

この「霧島ゴルフクラブ」は、南前方に錦江湾と桜島の雄大な絶景を望み、後方には霧島連山を仰ぐ美しい環境のなかにある。海抜350から450メートルの高地にあり、南国とはいえ、夏でも快適なプレーが楽しめる。

昭和30年代初め、プレーを渇望していた鹿児島県のゴルファー達は、鴨池の海軍飛行場跡地に3ホールを造り、月に一回、熊本県阿蘇地方の「湯の谷コース」(現在の「くまもと阿蘇カントリークラブ」)まで出かけた。その後、町営の牧園牧場の跡地、約10万坪の借地が成立し、保田与天のコース設計で、9ホールを開場した。

保田は、東京高等工業(現在の東京工業大学)で建築学を学び、大成建設(当時は大倉土木)で働いたが、満州国大連市で勤務の時期、当地の「星ケ浦CC」の会員となって、小野光一(1957年日本で開催された「カナダ・カップ」で中村寅吉と組んで団体優勝した)からゴルフを習い、倶楽部チャンピオンとなった実力を持つ。学生時代からのテニスの経験が大いに役立った。

戦後は大阪支店長を最後に大成建設を辞し、ゴルフのコース設計に打ち込んだ。作品では、阿蘇の“湯の谷コース”、「福岡CC」の“和白コース”、関西の「有馬CC」、中部地方は「浜松CC」、「三重CC」と少数ながら、自然の地形を生かしフルに活用した見事なコースばかりである。この手法は日本のコース設計史で、特異な存在と言える。

霧島のコースはその後、昭和36年に約10万坪を追加、18ホールに拡大された。そして、昭和45年にクラブハウスが新設されたとき、「鹿児島ゴルフ倶楽部」から、現在の「霧島ゴルフクラブ」に改名されて現在に至っている。

コースは9ホール、3ホール、6ホールの三つのループから成る。二つの9ホールのループが普通の日本では珍しい。英国では、 “戦略型設計”の元祖「ウォーキングGC」や、100人以下の閉鎖性で出発したビクトリア女王の側近、ダービー卿の「スウィンリー・ フォーレストGC」等が同様である。日本では他に赤星六郎の名作「相模カンツリー倶楽部」くらいで、大いに誇ってよい。

印象的なホールを紹介すると、まずは3番パー5である。打ち下ろしの563ヤードと距離があり、桜島の噴煙に向かう。雄大なパノラマの景観のなか、打ち下ろして進む快感は他に類を見ない。コースの“名物ホール”である。アウトの最後に近い8番348ヤードのパー4、ここのグリーン改造には設計者の保田が抵抗した。原地形に全く手を付けず、グリーンを追加しただけの素朴さ、いわば “保田のペット・ホール”だった。 ただ、“より良いコースを”と願う会員の願望には勝てなかったと保田は述懐する。

インでは、最後のループの最初のホール、215ヤードのパー3。 谷を越えるショットはスリル満点である。続く14番パー5は535ヤードと距離があり、ホールは上りながら右へ旋回する。このホールはカーブの外側を通るルートが正常とされ、フェアウェイの内側、 右に外れるとOBが続く。あくまで左を回るのが安全な戦略ルートである。最後のパー3、17番は184ヤードと長い。しかも、グリーン左のバンカーが厳しく、右からのルートしかない。

文句なしに、雄大な景観のなか、原地形を尊重した名設計家、保田与天の傑作である。

文/大塚和徳

●鹿児島県霧島ゴルフクラブ
・コース所在地:鹿児島県霧島市牧園町高千穂3311
・URL:http://kirishima-gc.or.jp/

GOLF TODAY本誌 No.553 88ページより

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