地元・宮崎の飲み屋では「(大山)志保ちゃん」の話題は定番

44歳、ベテランの原動力を探る!

2022/03/28 ゴルフサプリ編集部 小川淳子



アクサレディス in MIYAZAKIに出場した大山志保

激戦を制して20歳の西郷真央がシーズン2勝目を飾ったアクサレディスinMIYAZAKI。西郷がプレーする約1時間前に、18番で2メートルのバーディーパットを沈め、大喝采を浴びた選手がいる。地元、宮崎出身の大山志保だ。
写真/Getty Images

大山はこの日、5バーディー、3ボギー。2つスコアを伸ばし、通算4アンダー16位タイで、2日間36ホールに短縮された大会を終えた。

1977年生まれの大山は現在44歳。5月25日には45歳になる。優勝した西郷世代にとっては、両親と同世代という感覚でもおかしくない年齢で、同じフィールドでプレーを続けている。これが、ゴルフの面白いところだ。大山も、ホールアウト後に「優勝目指して、年齢は関係ないと思ってやっているので、まだまだ伸びしろもありますし、自分のやるべきことをやって上に行けたらいいなと思います」と話している。

44歳。この気力、向上心はいったいどこから来るのだろう。

大山は、次から次に襲いかかる故障を、乗り越えてプレーを続けている。2006年に日本ツアーの賞金女王となった後、米ツアーで戦っているころに、左ヒジを痛めたのが最初の大きな故障だった。それでも我慢して我慢して「目覚まし時計が止められない」ほどの痛みになって初めてようやく治療を開始。2009年に手術をして復帰して、その後、7回も優勝している。

2017年には、首から背中にかけて強烈な痛みを発症。頸椎椎間板ヘルニアと診断されたが、治療法が見つからない。特別保障制度の適用を受けてツアーを離れ、様々な治療を受けた。

一番ひどい時には、ベッドで眠れないほどだった。床に布団を敷いて何とか眠りにつくものの、痛みと悪夢で何度も目が覚めた。夢は、いつだってゴルフのことだった。グリーンが洗濯機の中にあって、打っても打っても入らない。周囲に「いい加減にしてよ」と言われて泣きながら目が覚める。”定番“の夢は何度も見た。

制度の不備で休んでいても出場義務試合数が減らないことがわかり、万全ではないのに復帰を余儀なくされもした。それでも優勝したのが、2018年ヨネックスレディス。大山の奮闘に、制度も改められた。

2021年にはさらなる試練が襲う。左鎖骨に痛みを覚え、診察を受けると胸郭出口症候群だということがわかった。一時は左腕にまったく力が入らなかった。右足首の捻挫がそれに追い打ちをかけ、ゴルフができない。

いよいよシード権が危ぶまれる…そんなシーズンだった。だが、日本女子プゴルフ選手権では、稲見萌寧、西郷真央と優勝争いを演じて3位に入るなどして、存在感を見せつけた。賞金ランキング44位でシード権を獲得。今季につなげている。

これほどまでに故障を乗り越え続けても、大山が現役を続けているのは「やり切ったと思うまでゴルフやはめられない」から。「もっともっとうまくなりたいし、成長したい。人として魅力的なプレーヤーになりたい」という気持ちを持ち続けているからだ。

日本女子プロで優勝争いをした後、自分の半分くらいの年齢の稲見に対してコメントを求められ「尊敬している」と言ったことも話題になった。後輩をなんのてらいもなく尊敬し、それを口にできる。そんな気持ちの持ちようも、大山の強さであり、原動力なのだろう。

宮崎の人の多くは、大山を親戚の娘のように「志保ちゃん」と呼ぶ。大山の父がタクシーの運転手さんであるため、仲間の娘のような意識もあるのだろう。取材に訪れてタクシーに乗れば、運転手さんが「志保ちゃんも今度の試合出るとでしょう?」と言うのは当たり前。夜の飲み屋でも「志保ちゃん」の話題は定番だ。

それほど愛される地元の試合で、今年も元気なところを見せた大山。次の宮崎での試合となる最終戦JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップは、ツアーで優勝するか、メルセデスランキング上位に入るなど、結果を残さないと出場できない。

今回、まずまずの結果を残したことで、ファンの期待は早くも11月のリコーカップに飛んでいるに違いない。久々に出場して、再び地元のファンを喜ばせるためにも、大山はまたコツコツと、悔しさをバネに練習を重ね、試合に出続けていく。「やり切った」と思える日が来るその日まで…。