SRIXON(スリクソン) 今だから言える驚きのストーリー
【第18回】商品開発はドラマ!SRIXON(スリクソン)住友ゴム工業 SRIとゴルフ界の未来を切り開いていくニューブランドの誕生!
ゴルフメーカーの商品開発におけるドラマチックな業界裏話をメーカー勤務経験のフリーライター・嶋崎平人が語る連載企画。今回はSRIXONブランドが主役のストーリー。
GOLF TODAY本誌 No.601/70〜71ページより 写真/ゴルフトゥデイ編集部 取材・文/嶋崎平人
2001年ローラ・デービース、トーマス・ビヨンと総合契約。2002年には「SRIXON」ブランドのクラブ、ウッド「W-201」とアイアン「I-201」を発売した。
「201」の「2」は2002年を表し、「01」は開発番号である。現在のZXシリーズに繋がるグローバルで展開するクラブといえる。
前年の2001年に海外でプロが10勝を挙げブランドの認知がさらに広がり、クラブ発売の後押しとなった。
ブランドの認知をさらに広げるため、国内のプロのキャップもそれまで使われていた「New Breed」から「SRIXON」のロゴに切り替えた。
筆者も印象深いのは、2003年宮里藍がダンロップ・ミヤギテレビ杯でアマチュア優勝したときにかぶっていたバイザーのロゴは「SRIXON」であった。アマチュアでいろいろなメーカーの用具を試していた。
米国でもジム・フューリックが活躍しブランドの強化につながっていった。ダンロップ契約プロの使用ブランドは「SRIXON」に固定していった。
2004年宮里藍の活躍で女子プロブームが起こり、ダンロップ契約では横峯さくらがブランドを引っ張り、現在では米国で活躍する畑岡奈沙、国内では小祝さくら、勝みなみ、さらには安田祐香が「SRIXON」ブランドを引っ張っている。