「ダディが勝った！」娘を抱きしめ涙…43歳で怒涛の連勝ルーカス・グラバーの「家族再生への強い思い」とは

互いを知り尽くす20年来のキャディのドン・クーパー。オーガスタナショナルGCの元クラブキャディ（9年間）で投資家ウォーレン・バフェットをサポートしたことも。ゴルフ豪州誌09年7月号。

09年全米オープン勝者ルーカス・グラバーは2023年シーズン43歳で怒涛の2週連続優勝。40歳以上の連勝はビジェイ・シン以来15年ぶり、奇跡的な復活だ。

出身校クレムソン大学時代から不屈の闘志でプレーする姿は母校スポーツチーム名タイガースから「ハングリー・タイガー」と称され、20年を経ても変わらぬ猛虎魂を見た気がした。勝利の瞬間、長女ルシールちゃんが「ダディが勝った！」と泣き叫びながら駆け寄りグラバーは抱きしめ涙…。そこには深い意味があった。

全米オープン優勝で大きな活躍を期待されたが、パットのイップスに陥りグリーン上で息苦しくなるほど悪化。猛練習もあらゆる打開策も効果なく不振が続いた。5年前のザ・プレーヤーズ選手権で事件は起きた。

クレムソン大学タイガースのゴルフ部への15万ドルの寄付金贈呈式。マスコットのタイガーとともに。07年ゴルフワールド誌1月19日号（右端グラバー）。

母ハーシェイ、妻クリスタと開催地近くの一軒家に滞在し起死回生に挑んでいたが、夜10時半頃、妻はイライラが募り「稼ぎが悪い！」と叱責、母とグラバーへの暴言と暴力がエスカレート。警察が駆けつけ現地は大騒ぎになり、妻はDVで逮捕。

が、グラバーは米芸能ニュースも仰天の行動に。保釈や裁判費用を支払い、子供たちのためにも妻と生きていく覚悟を決めた。

夫人は1年間の勤労奉仕を終え、子供たちと4人の生活をリスタート。グラバーは心身に傷を負った母を気遣い、「フロリダ州高級住宅地で暮らしたい」という妻の願いを叶えるため公私の激闘がはじまった。

見かねたマネージャーのバーンハーディットはイップス治療専門家ジェイソン・カーンを紹介。カーンはアトランタブレーブスの投手タイラー・マツェクのイップスを解消しWシリーズ優勝に貢献するまでの復活を導いたことで知られる。

初対面で「イップスは脳機能が原因。練習量や質、精神力の弱さが原因ではない」とメカニズムを知り、その後は具体的な改善方法も伝授された。

01年全米大学選手権でクレムソン大学代表選手グラバーの活躍を「ハングリー・タイガー」と紹介。米ゴルフウィーク誌 01年5月12日号。

次にパターを変えようとPGAツアー8勝でローリー・マキロイらのパットの名コーチであるブラッド・ファクソンに相談し、シャフトはブルームスティック長尺でヘッドは角型マレット、グリップはスプリットを採用。

左手をグリップ上部に、右腕をたらしクロウグリップに。標準的な長さのパターをノーマルグリップでストロークしてきた彼にとって劇的変化だった。

打ち方の指導も受け反復練習を繰り返し「6月から好感触を実感、7月から面白いように入りだした」と喜んでいた。そして8月にはシーズン最年長で2週連続優勝！家族再生への強い思いが復活となって結実したのだった。

1979年11月12日サウスカロライナ州グリーンズビル出身。同州クレムソン大学。
188㎝、90Kg、実父はシアトルマリナーズやトロントブルージェイズで活躍した投手ロン・マスルマン。

両親は２歳時に離婚し、12歳時に母はジム・グラバーと再婚。

のんびりした性格だがプレーは超クイック。遅い選手とのプレーではストレスを溜めないよう独自の工夫も。推理小説が大好きで全米オープン優勝期間も４冊読破していた。趣味のサーフィン仲間はアダム・スコット、クリス・カーク、デービス・ラブⅢら。

●文／佐渡充高
さど・みつたか
上智大学法学部卒業。1985年に渡米し、USPGAツアーを中心に世界のゴルフを取材。2022年まで32年間NHKゴルフ解説者。2023年からBS放送局『BSJapanext』にて「大正製薬 Presents PGA TOUR TV Program PGA ツアー」の解説者に。※2024年からは「フォーラムエイト Presents PGA TOUR TV Program PGA ツアー」。