奇跡よぶ応援の力|ベン・ホーガン。そしてタイガー・ウッズへ
佐渡充高のテレビでは語れなかったPGAツアー
ゴルフ番組やゴルフ雑誌ではあまり語られることのないトピックを、ゴルフジャーナリストやトーナメント中継の解説者として活躍する佐渡充高が取り上げ、独自の見解とともにお届けします。
GOLF TODAY本誌 No.587/115ページより
タイガーの回復を願う選手たちが赤シャツ&黒パンツでプレー
2月23日タイガー・ウッズ(45歳)の事故で大破した車を見て絶句した。命に別状なしと知り奇跡だと思った。昨年12月に腰痛手術(5度目)を行いリハビリの最中、ヒザや首などの負傷歴もあり、手術成功も麻酔からさめた直後は不安のどん底に突き落とされただろう。
その週末の世界選手権最終日、選手たちは激励と感謝をこめウッズの勝負コーデ赤シャツ&黒パンツ、ボールやキャップにイニシャルを記しプレー。病床から中継を見たウッズは「言葉に表せないほど感動した」とメッセージを発信。気持ちの交流は出来事の衝撃度を和らげ、僕はようやくウッズ回復のイメージが描けるようになった。
WGCワークデイ選手権atコンセッションの最終日には、タイガー・ウッズの復帰を願って多くのプレーヤーがタイガーの最終日のファッションを真似て黒パンツ、赤ポロシャツでプレーした。
想起したのはベン・ホーガン。自動車事故で瀕死の重傷を負ったが、わずか11カ月後に奇跡の復活を遂げた。72年前の1949年(昭和24年)36歳のホーガンはアリゾナ州の試合を終えテキサス州の自宅へ向かった。濃霧で視界の悪い橋を徐行している時、対向車線の長距離バスと正面衝突。その瞬間、助手席のヴァレリー夫人を護るため上体を覆いかぶせた。激しい衝撃で首、鎖骨、肋骨、左腕、骨盤などを骨折、膀胱損傷、左足首にはハンドルの柄が突き刺さり、左目周辺も裂傷を負った。凝固血、腹部静脈、靭帯切開等で輸血を6回も伴う大手術を何度も受け、選手生命は断たれたと思われた。偶然にもウッズの事故と同じ2月だった。
ホーガンの心を大きく動かしたのはファンから届いた数百通の激励レターだった。夫人が読み聞かせると「こんなにも思われていたのか!」と感涙。再起を誓い寝たきりの状態からゴム製ボールを握るなどトレーニングを始め、医師も驚く回復で59日後に退院。翌年1月ロサンゼルスオープンで復帰しサム・スニードとのプレーオフに進出し、敗れたものの勇姿に惜しみない拍手!
その後もメジャー連覇など大活躍し、97年84歳で他界。夫人は「ロッカーは筋肉クリーム、サポーター、日本製の服用薬など山のよう。人知れず全身全霊で努力を重ねていた」と回想した。
僕は30年前、ニューヨークで催された米国ゴルフ生誕100周年パーティ控室で当時78歳のホーガンに会う機会を得た。人と会うことが苦手で意図的にゲストルームのない小さな家に住んでいると聞いていて緊張したが、笑顔! 想像より小柄で華奢な体に迫力が満ちていた。
3月初旬、パーマー招待で優勝争い渦中のデシャンボーはウッズから「キープ・ファイティング!」と激励メールを受け取り、その言葉を力に勝利。困難なリハビリが待つウッズが自身にも送ったエールのようにも感じた。
●文/佐渡充高
さど・みつたか
上智大学法学部卒業。1985年に渡米し、USPGAツアーを中心に世界のゴルフを取材。NHKゴルフ解説者。