年の差や性差、あらゆる差を乗り越えてゴルフが楽しめることに拍手を!

「曾孫と一緒にゴルフができるまでは、ゴルフは引退できないね」
来年80歳になる大先輩の宣言に、その場にいた後輩一同で拍手しました。その先輩は数年前に、念願だった親子孫三代参加のミニコンペをやって大喜びしていましたが、曾孫が生まれたことで新たな目標ができたようです。

“ゴルフは学べば学ぶほど、学ぶことが増えていく”という名言を思いだしました。ゴルフは極める気持ちを失わない限り、どこまでも高く、そして深いのです

「祖父と祖母と一緒にゴルフをして、二人がこんなふうに笑ったり悔しがったりするんだって初めて知ったんです」
ゴルフ歴1年の20代女子ゴルファーから、祖父母と一緒にゴルフをしたときの話を聞きました。彼女の祖父母は、孫がゴルフを始めるならといろいろな援助をしてくれたそうです。

おじいちゃんとおばあちゃん孝行になって、かつ、心の距離も縮まるところは、ゴルフの素晴らしさです。

ゴルフ的な価値観ではジェネレーションギャップがあることも?

年の差を乗り越えて一緒にゴルフを楽しむことができても、価値観のギャップはあるよね?と聞かれることがあります。

「ゴルフボールが高いことに驚いた」という感想は、ゴルフ初心者のあるある話です。1回しか打たずに池や谷底に消えてしまう可能性があるのに、1個数百円。ゴルフ歴と共に麻痺して感じにくくなりますが、冷静に考えれば1個数百円という値段は異常です。

1個のボールの原価は数十円。宣伝費と開発費が価格の半分以上で、あとは製造費という内訳は以前、ボールメーカーに取材して知っているので説明するのはやぶさかではないのですが、納得できるような説得力はありません。

ゴルフクラブも同じです。「1本10万円もするドライバーなんて、一生無理っす」と若いゴルファーが決意するように言っていました。10年後ぐらいに彼のキャディバッグを確認したいと思います。最初は誰も高いと思うのですが、慣れていくうちにその価値がわかってくることも多いのです。

平成になってゴルフ業界に市民権を得た感のある中古ショップですが、オールドゴルファーの中にも、中古のクラブを割安で買うのが自分のスタイルで、新品のクラブは買わないと決めているケースがかなりの割合であるようです。

令和の時代でもゴルフクラブの価値は変わらない

ゴルフクラブは、頑丈で丈夫です。昭和の時代には、クラブはあまり買い替えるものではありませんでした。メーカーも今のように2年サイクルとかではなく、売れているものであれば10年以上、メインアイテムとして売り続けているクラブも多かったのです。

流通量が少ないので、1つでたくさんの利益を出さなければ成り立たないので、ゴルフクラブは高額でした。ちなみに令和の時代でも、ゴルフクラブの流通量はそんなに増えてはいないので、少し下がっただけで高額なままなのです。

「ゴルフコースが遠すぎることが、若いゴルファーがゴルフをやめる原因になる」と予言している人がいます。これも複数の若者ゴルファーに確認してみましたが、「小旅行みたいで楽しいから苦にならない」「近くてもプレー代が高いコースに行くのはもったいない」という声が多数派でした。

これは、気心知れた仲間と一緒にやる趣味としてゴルフを始めた若いゴルファーの特徴かもしれません。仕事絡みが未だにあるオールドゴルファーのほうが、近いほうがいいと考える傾向があるようです。

今時の若者は…という常套句は、ゴルフでも使うから面白い!

そもそも趣味として純粋に楽しむゴルフと、仕事絡みの処世術としてのゴルフは、いろいろな違いがあります。
個人的に思うのは…

● 趣味としてのゴルフ:多様性に順応しているように感じる
● 処世術としてのゴルフ:柔軟に対応するよりは、決まりを遵守することのほうが簡単だという考え方が根底にあるように思われる

工夫次第で、小学校に上がる前の子供もゴルフができるようになりました。昭和の頃は、小さな子供用のクラブはフルオーダーで作るしかありませんでしたが、現在は普通に流通しています。

体力的に18ホール歩けなくなった老人は以前、ゴルフを引退する決断をしなければなりませんでした。でも乗用カートを上手に利用すれば、ボールを打てる限り続けられるようになったのも、今のゴルフならではです。

年の差70歳というゴルフができる可能性があることに、感謝するのが正解です。

ゴルフは違いを楽しむべし

遺跡に残されていた文字の中に「今時の若者は」という常套句が使われていたことがニュースになり、結局古今東西変わらないのだなと思ったことがあります。ゴルフでも同じです。僕が若手だった昭和の時代にも、上の世代の人から「今時の若者は」とよく言われました。それから時が流れて令和の現在、僕も「今時の若者は」を使っていますが、多くは「羨ましいよね」なのです。

令和の時代のゴルフは、この国のゴルフ史上最も多くの選択肢で溢れているからです。一番目立つのは、安くゴルフができることです。21世紀初頭と比べても、上手くやれば半分以下の費用で気軽にゴルフができます。

年齢差に変に敏感になって壁を作るのは、ゴルフでは長い目で見ればチャンスを潰すマイナスになります。こういう時代だから、いろいろな“差”があるゴルファーとクラブを交えるべきです。差を埋める必要はありません。違っていていいし、わかり合うことが目的ではないからです。
ゴルフは多様なハンディキャップを利用して、違いを楽しめる文化で作られています。




篠原嗣典
ロマン派ゴルフ作家。1965年生まれ。東京都文京区生まれ。板橋区在住。中一でコースデビュー、以後、競技ゴルフと命懸けの恋愛に明け暮れる青春を過ごして、ゴルフショップのバイヤー、広告代理店を経て、2000年にメルマガ【Golf Planet】を発行し、ゴルフエッセイストとしてデビュー。試打インプレッションなどでも活躍中。日本ゴルフジャーナリスト協会会員。


ロマン派ゴルフ作家・篠原嗣典が現場で感じたゴルフエッセイ【毒ゴルフ・薬ゴルフ】

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