佐渡充高氏が♥︎（ハートマーク）を見る度に思い出す、引退後も愛あふれるゴルフ界のレジェンドは誰？

1991年全米ゴルフ協会主催のネルソン展の記念に作られたカレンダー。1945年の出場試合名や成績、獲得賞金など本人のメモがプリントされている。几帳面さが窺われる。

僕は♥︎（ハートマーク）を見る度にバイロン・ネルソンを思い出す。2001年まで10年間PGAツアーのネルソン選手権で、毎年のようにインタビューの機会を得る幸運に恵まれた。

いつも必ず♥︎ハートマークの帽子を被り、少し早口で熱心に語る様子が蘇ってくる。

体格も声量も80歳代（当時）とは思えぬ迫力で半世紀前の出来事も鮮明な記憶とともに語り、最も熱量を感じたのは若手選手への思い。その時の目の輝きは、今も忘れられない。

実は♥︎はネルソンお気に入りのトレードマーク。自らの大会の入場ゲートのみならず報道センターのリーダーボードに記される全選手の名前にも♥︎を添えるなど、会場のいたるところに愛があふれていた。

ネルソンは同歳のライバル、ベン・ホーガンとともにテキサスが誇るレジェンド。通算54勝、1945年には、わずか5カ月で11連勝、年間18勝の連続優勝と年間最多優勝という超人的な活躍。

おそらく不滅の大記録であり続けるだろう。PGAツアーで選手名が冠される試合はアーノルド・パーマーとバイロン・ネルソンの2大会のみで、ネルソンは今も特別な存在だ。

1946年の引退直後に出版されたネルソンのレッスン書「 Winning Golf」。引退後も惜しみなく技術を伝承。83歳の時、米ゴルフ誌が「11連勝から50周年」の記念企画で掲載したスーパーシニア向けレッスンは現役選手からも目からウロコ！と話題になった。

大会ではホストとして多忙な行事の合間に、付き添い人が運転するカートでコース中を駆け巡っていた。開幕前日までは練習ラウンド中の選手たちに声をかけ激励、打球練習場ではギャラリーに囲まれサインや記念撮影。

その後はレジェンドからのレッスンを待つ選手たちに熱血指導と大忙し。時を忘れ全力で愛をふりまく姿は感動的だった。

ただ旺盛な好奇心とホスピタリティマインドに関係者はいつもドキドキ…。ネルソンは付き添い人が携帯電話中などに、予告なく気になる場所に行き姿を消してしまうのだ。「ミスター・ネルソンを見かけなかった？」と顔面蒼白で探し回っていることが何度もあった。念のため杖は持参していたがゴルフ場では健脚、恐るべき歩行力で遠くへと移動していた。

今後、誰も成しえないだろう大記録はなぜ生まれたのか？答えは即答だった。「自分の牧場を持つため。1エーカーでも広い土地、一頭でも多くの牛や馬を飼うため1ドルでも多く資金が必要だったから」。獲得賞金で夢を叶えた途端、1946年34歳でツアープロを引退。愛するゴルフにちなみ「フェアウェイ牧場」と名づけた。

自宅は広大な牧場近くにあり、70歳代まで大会前に歴代勝者を自宅に招きディナーを共にする恒例行事を催すなど、誰かの笑顔のために尽くす好好爺レジェンドだった。

1912年2月6日テキサス州生まれ、2006年9月26日老衰のため94歳で逝去。通算54勝メジャー5勝。1935年23歳で初優勝し1944年に年間8勝、翌年は11連勝を含む年間18勝を記録しPGAツアー最多連続と年間最多勝利という大記録を樹立。飛行機移動がまれな時代、全米を車で移動するタフな転戦だった。

同歳で同郷のベン・ホーガン、サム・スニードと「ビッグ3」と言われ黄金時代を築いた。丸山茂樹は2002年バイロン・ネルソン選手権日本人ただ一人の優勝者。ネルソン本人から祝福を受けた。

●文／佐渡充高
さど・みつたか
上智大学法学部卒業。1985年に渡米し、USPGAツアーを中心に世界のゴルフを取材。2022年まで32年間NHKゴルフ解説者。今年からBS放送局『BSJapanext』にて「大正製薬 Presents PGA TOUR TV Program PGAツアー」の解説者に。