どうしてゴルフでは静寂を求められるの?
ロマン派ゴルフ作家・篠原嗣典が現場で感じたゴルフエッセイ【毒ゴルフ・薬ゴルフ】第26回
ゴルフの虜になってもうすぐ半世紀。年間試打ラウンド数は50回。四六時中ゴルフのことばかりを考えてしまうロマン派ゴルフ作家・篠原嗣典が、コースや色々な現場で見聞きし、感じたことを書いたのが【毒ゴルフ・薬ゴルフ】です。大量に飲めば死んでしまう毒も、少量なら薬になることは、ゴルフにも通じるのです。
撮影/篠原嗣典
「おいおい、ここは葬式か?」
日本のゴルフの黎明期を支えた伝説のゴルファーだった赤星六郎氏は、米国留学から帰国して、ゴルフコースに来場して、思わずこのように言ったという逸話があります。
本場のゴルフ事情を知らないまま、伝聞だけでエチケット・マナーを徹底しすぎた結果、シーンとし過ぎたゴルフが日本には広まりつつあったのです。
他者が打つときは、邪魔をしない、というのは、基本的なゴルフの精神の一部ですが、良いショットや良い結果には、言葉で賞賛するのもゴルフの精神の一部ですし、会話を楽しんだりすることは禁止されてはいません。
「打ちますので、お静かに!」
僕は、時々、ティーイングエリアでかなり大きな声を出します。
1番ホールと10番ホールは、大きな生け垣で隔てられているのですが、大騒ぎしている組が隣にいるときなどに、アドレスに入ってから注意するのです。
これは、試打ラウンドで動画撮影をしているときに、マイクが高性能なので、隣のティーで話をしている声が入ってしまって、打音が聞こえづらいから撮り直しになってしまうことを防ぐ苦肉の策なのです。
撮影していなければ、大音量で音楽をかけて踊っている横でも僕は無視して打ちます。
バブル時代には、練習場ではけっこうな音量で音楽がかかっていたりしましたし、大声でしゃべっている人たちがいたりもしました。騒音の中で練習していたのだから、それで集中できないなんてあり得ない、と思っていましたし、若い頃は、打つタイミングで、ワザと音を出して意地悪をするみっともない大人がいたので、そういう輩に負けない意味でも、多少の音には影響されないように訓練をしたからです。