亡くなる半年前ペニックとの一期一会。僕は94年ヒューストンオープンの会場で初めてペニックに対面。前立腺がん、胃潰瘍などで体重は50キロ。視力、聴力も低下、看護師が付き添い車椅子だった。それでも「ひとりでも多くのゴルファーに会いたい」と現地へ。僕の言葉を丁寧に聞き、握手のあとに震える手で丁寧にサインを記してくださった。
グリーンブックと直筆サイン
1995年米ゴルフワールド誌4月14日号。べン・クレンショー2度目のマスターズ優勝の瞬間。
ラブ20歳。1985年ウォーカー杯出場時に両親と。母ペンタ(2年前94歳で他界)もゴルフ上級者だった。米ゴルフダイジェスト2012年10月号より。