世界のゴルフスイング事情|キャスティングは悪なのか?
ゴルフリサーチャーTASK【世界のゴルフスイング事情】vol.4
国内外で収集したゴルフスイングに関する最先端情報を「Jacobs 3D」アンバサダー、ゴルフリサーチャー「タスク」が独自の視点と考察を交えてお届けします!
ゴルフリサーチャー・タスク
国際金融マンからゴルフリサーチャーに転身。米国のゴルフサイエンス団体Jacobs 3D GOLFのアドバイザリーメンバーであり、日本のアンバサダー。USGTF Teaching Professional、TPI Certified資格を所持。
端折られた言葉の中に真意が隠されていた
皆さんがよくご存知の帝王ジャック・ニクラスは、ダウンスイングの際にどのタイミングでリリースするのかという質問に対し、「切り返し直後から即座にリリースするに決まっているだろう」と発言しています。
この発言は、驚きをもって受け止められました。なぜなら、その発言以前に発売されたアメリカのゴルフ雑誌の記事において、ニクラス本人のコメントとして「Itisimpossibletoreleasetheclubtooearlyinthedownswing(ダウンスイングでクラブを早くリリースすることはできない)」と書かれていたからです。
しかし、実際にはその記事のニクラスのコメントには続きがあったのです。それは「左側に移動してクラブをターゲットラインの内側から入れられないのであれば……」というものです。何故か世の中には、その部分が端折られて伝播したと思われます。
ニクラス全盛のスイング動画を見ていただければわかりますが、クラブはシャローアウトし、見事なインサイドアタックでインパクトを迎えます。タイガーやマキロイなどを見慣れた我々でも唸ってしまうような素晴らしいスイングです。そのニクラスが、切り返し直後にリリースしなくてはいけないと述べているのです。もちろん、これは本人にしかわからない感覚表現ですが、私たちに大きな示唆を与えてくれます。
トップからすかさずリリースするという発言は、いわゆる「溜めない」ということなのか、「早期にキャスティングしろ」「アーリーリリースしろ」という意味なのかと、訝ってしまいます。しかし、ニクラスのスイングを観察するとデリバリーポジションまでしっかりと「溜め」が観測され、ダウンスイング後半に強烈に右ヒジを伸ばしてリリースしているように見えます。
ニクラスのスイングをデータで解析できる機会はないでしょうから断定はできません。しかしながら、前述の記事で端折られてしまった部分に全てが詰まっているように感じます。すなわち、端折られた部分が「右サイドで飛球線後方へさっさとリリースする」ということだとすれば、PGAツアープロに共通するキネティクスエネルギーの解析結果と一致するからです。
切り返しは「フォースの合成」
トップではゴルフクラブの重心は位置エネルギーの恩恵を受けられる高い位置にキープされ、ほとんど移動しない。その間に身体は切り返されるのだが、その時点でグリップに与えられるエネルギーの大半がネガティブアルファフォース(黄色矢印)とネガティブガンマフォース(赤色矢印)。その合計ベクトル(白矢印)によりクラブヘッドは飛球線後方へ振り出されてゆく。
2つのフォースの合成が「切り返し」となる
効率的なスイングの切り返しで、主にグリップに与えられるエネルギーの多くはグリップエンド方向へ引くガンマフォースと、シャフトを上空方向へ支えるアルファフォースです(イラスト参照)。実はクラブの重力を支えている分だけ、このタイミングではアルファフォースのほうが大きな数値となります。これら2つのフォース(直線運動)の合成がイラストの白の矢印であり、このベクトルに沿ってクラブヘッドは身体側から飛球線後方へと振り出されていくことになります。その結果、グリップエンドはプレーヤーが積極的に引くことのできるポジションに移動し、アルファフォースは急速に減じる一方で、インパクトに至るまでガンマフォースが主役となります。ポイントは、この切り返し直後のエネルギーが2つのフォースの合成であることです。ニクラスはここをリリースと知覚しているのだと推測できます。このフォースの合成は、観測の結果としては「溜め」として現れます。また、ダウンスイングにおける曲率を増大させ続ける楕円を描く原動力にもなるのです。その意味では、切り返し直後には積極的に飛球線後方へキャスティング(釣りでルアーを投げるような動き)させるのが、知覚表現としては正解ともいえるのです。
観測上実際に現れるアーリーリリースは、同様の動きをフォースではなくトルク(回転運動)で行ってしまったり、ボールを当てに行こうと横振りで向かってしまった結果、本人が意図しないローテーションが発生し「ほどける」結果として現れるのだと言えます。
前号までに紹介しましたが、データを観ると日本のゴルファーの多くが後者に分類されます。
感覚表現であることは間違いないのですが、このように往年の一流プレーヤーの表現と、スイングのキネマティクス(外観)を考察するのもゴルフの楽しみの一つです。
GOLF TODAY本誌 No.577 150〜151ページより