テーラーメイドはなぜ革命を起こせたのか?|TaylorMade SIM2【ギアモノ語り】
~それはSIMの進化版ではなかった~
SIM2。もしかすると、その名前はふさわしくないかもしれない。昨年、№1ドライバーとして大ヒットしたSIM。今年の新モデルはその2代目ではあるが、決してSIMの進化版ではなく、ドライバーの歴史において分岐点になりそうな革命的な構造になっていた。
GOLF TODAY本誌 No.587 98〜101ページより
溶接なしの4ピース構造は“別”のエンジニアチームから
~チタン時代の常識を打ち破る構造革命~
パーシモンからメタル、そしてチタンへと進化してきたドライバー。現在、ほぼ全てのドライバーはチタンフェースにボディを溶接する構造になっているが『SIM2』では溶接部分が一切ない画期的な構造になっていた。
[1]CARBON CROWN
ソールより薄くて軽い6層構造のカーボンコンポジットになっているクラウン。カラーリングは前作のシルバー系からブラック系になったことで、より構えやすくなった。
[2]MILLED-BACK CUP FACE
フェースとボディは完全なる一体成型となったことで溶接部分はゼロ。最近のドライバーでは常識だった溶接による『バリ』が一切生まれないことで、余計な重量もかからず、生産精度も高くなった。
[3]CARBON SOLE
フルカーボンになったソールは軽量化されただけでなく、イナーシャジェネレーター(中央部分の斜めの突起)の効果で、ダウンスイング時のさらなるスピードアップにも貢献している。
[4]FORGED MILLED ALUMINUM RING
フェースと一体化したボディと、ソール、クラウンをつないでいるのが新開発されたフォージドミルドアルミニウムリング。チタン素材より軽比重のアルミニウムを使うことで慣性モーメントを高めた。
「米国の開発部門にはゴルフクラブ専門だけでない複数のチームがあります」
「正直、私もこの構造を最初に聞いたときは驚きましたし、『えっ、そんなことできるの!?』と思いました」
そう語るのは日本のテーラーメイドゴルフ株式会社でクラブ部門(ハードグッズプロダクト)のディレクターを務める高橋伸忠氏。ボディ一体型のフェース、フルカーボンのソール、クラウン、それにアルミニウム素材のリングという、4つの部品を溶接しないでつなげられる構造。まるでプラモデルのパーツのようになっているが、正直、こんなドライバーの構造は見たことがなかった。テーラーメイドは、どこから革命的な構造を生み出したのか?
「実はテーラーメイドではゴルフクラブ専門家だけではない、別の開発チームが同時進行でプロジェクトを進めています。別のチームは機械工学だったり、宇宙工学だったり、全くゴルフクラブとは違う世界のエンジニアやデザイナーです。彼らは、ゴルフクラブの常識を超えた発想を出してくる。今回の構造に関しても別分野のスペシャリストならではのアイデアが大きかったと思います」
別分野のエンジニアチームは、どうやってゴルフクラブの開発に携わってくるのか?
「開発のスタートは常にユーザーベネフィット。つまり、現状のドライバーについて、ゴルファーがどのようなことを望んでいて、どのような利点を求めているかというところからはじまります。おかげさまで『SIM』はすごくユーザーの評価も高く成功したドライバーで飛距離性能に満足してくれる方がすごく多かった。その一方で『もっと、やさしさが欲しい』『曲げたくない』という意見もありました。だから『SIM2』ではスイートスポットをいかに広くするかというのが開発の原点でした」
飛距離、やさしさ、曲がりにくさというのは近年のドライバー開発において、よくテーマになるポイントである。しかし、ゴルフクラブ以外の専門家がいるテーラーメイドは、そのアプローチが違っていた。
「例えば飛距離アップのためにはチタンフェースを薄くするとか、やさしさと曲がりにくさを追求するにはカップフェースにしてボディと溶接させるというのはクラブ開発の王道であり常識だと思います。でも、ゴルフクラブ以外の機械工学や宇宙工学のエンジニアはF1カーを組み立てるパーツのような発想を持っていて、それぞれのパーツに最高の機能を持たせた上で、いかに誤差なく精度の高い組み立てにするかというところから考えます」
確かに『SIM2』のパーツを見ると、F1カーのような精巧さを感じる。やさしさの指標となる慣性モーメントも、『SIM2』のパーツは完璧な周辺重量配分を実現していた。
「各パーツの考え方としてはクラウンとソールはなるべく軽量のカーボン素材にして、重心を低くすることで打球が上がりやすくなる。その上でフェースとボディを溶接するのはデメリットが大きい。溶接することで重量もとられるし、余計な“バリ”も出てしまう。だったらフェースとボディが一体化するのが理想だと考えました。ボディ全体もなるべく軽量にしてボディ、クラウン、ソールをつなげられる素材がベスト。そこから生まれたのが画期的なアルミニウム素材のリングです。溶接無しにしたことで生まれた余剰重量はヘッド最後部にタングステンとして搭載することで重心が深くなり、慣性モーメントを上げることにつながりました」
初代『SIM』と比較すると、慣性モーメントは10%以上もアップし、間違いなくやさしさは進化している。さらに溶接なしの4ピース構造によるメリットはそれだけではなかった。
アルミのリングは打感革命にもつながっていた〜一流プロも認めた感覚〜
すでにPGAツアーでも、世界ランク1位のダスティン・ジョンソンやローリー・マキロイなど多くの選手が愛用している『SIM2シリーズ』。選手からの評価が高い理由は性能はもちろん、打感の良さを絶賛する声も多かった。
革命的なのは構造だけでない。『SIM2』を打ったアマチュアだけでなく、一流プロゴルファーも驚いたのが打感の良さだ。今までの常識では、カーボン素材を使ったドライバーは打感、打球音が悪いというのが定説。しかし、『SIM2』はフェース以外はほぼカーボン素材という構造にも関わらず、音も打感も心地良いと評価が高い。その理由について高橋氏は、
「従来のカーボンボディの打感、打球音が、カーボン独自の“ポッコン”的な打感、音になってしまうのは、チタン素材らしい金属系のフィーリングではなかったからです。しかし、『SIM2』はクラウンもソールもフルカーボンですが、チタンフェースからの外周をアルミニウム素材のリングで一周つないでいます。アルミニウムは比重は軽くても金属です。だから、金属系の心地良い打感になるのです。もう一つは、これだけカーボン素材を使いながら溶接で止めている部分がない。だから、ヘッド全体のたわみ量が大きくなり、打感が柔らかく感じたゴルファーも多いと思います」
打感の良さは単純に爽快な気分になるだけではない。それはコントロール性や微調整できる操作性にもつながってくる。
「ツアープロからも打感が良くなった、柔らかいという声がありますが、その利点としてはボールが食いつく柔らかさがあることで、インパクトの一瞬で微調整できたり、球をコントロールできる感覚があることです。実は、これだけ多くのツアープロがすぐに『SIM2シリーズ』にスイッチしてくれたのは打感を評価してくれたことも大きかったです」
しかも、『SIM2』の内部にはサウンドリブも一切ない。
「よく打球音を調整するために、ヘッド内部にサウンドリブをつけたりしますが、『SIM2』にはそれも一切ありません。サウンドリブをつけてしまうと、それだけ余分な重量が必要になりますし、最適重心の調整が必要になるのでパフォーマンスに影響が出てしまう。それでは意味がありません」
ルール限界の反発性能を実現しながらも、決して弾き系ではなく、柔らかい打感になった『SIM2』。それは、もう一つの革命と言えるだろう。その原点もやはりユーザーベネフィットだと言う。
「もちろん、日本のゴルファーも打感にこだわる人は多いですし、PGAツアーのプロや欧米のアマチュアゴルファーも従来のカーボン系の打感は好まない人が多かった。だから、打感ももちろんユーザーベネフィットとして考えています」
前作までの革命的テクノロジーも継承
溶接なしで、高精度な生産工程に
~大量生産でも誤差が少ない完成品~
SIM2
3タイプの中では最も浅重心でスピン量を抑えた『SIM2』。アスリート好みの叩けるヘッドで安定した強い中弾道ボールが特徴。
SIM2 MAX-D
ドローバイアス設計になっている『SIM2MAX-D』は、スライスを抑制するだけでなく高弾道ボールが打ちやすい。
SIM2 MAX
後方部に24gのタングステンを配置した『SIM2MAX』は、前作より重心が深くなり、打球が上がりやすい。ミスヒットにも強くなった。
溶接無しのメリットは生産工程にもある。すでに日本だけでなく、世界中で大ヒットしている『SIM2』だが、4つのパーツを接着するだけで完成するヘッドは個体差が極めて少ない生産が可能になった。
「どうしても溶接が必要になると、溶接部分の重さやバリの形状にも個体差があるので設計した通りのパフォーマンスが出ないヘッドが生産工程で出来てしまう。しかし、『SIM2』は溶接による誤差は一切ありません。だから、開発者が設計図に書いた通りの重心設定が可能になっています。実は、開発チームが溶接を止めようとした理由の一つが、このバラツキを解消することでした」
大量生産でも誤差が少ない生産工程。それは、一部のツアープロのためではなく、まさしく世界中の“ユーザーベネフィット”を実現するためのテクノロジー。テーラーメイドは決して革命的な素材や構造だけを技術者目線で追いかけているわけではなく、ゴルファーにとって革命的な性能を追求している。パーシモンの時代にメタルヘッドを作り、調整機能がついたクラブを世界で初めて完成させたのも、すべてユーザーベネフィットを叶えるために新しいテクノロジーに挑戦していたのだ。だから、ユーザーであるゴルファーはテーラーメイドが革命的だと感じているのかもしれない。
テーラーメイド ゴルフ株式会社
ハードグッズプロダクトアジア ディレクター
高橋 伸忠
大学卒業後に海外の大手ゴルフメーカー、ゴルフ関連のプロダクトマーケティング、ビジネスマネージメントを経て2018年4月から現職。日本だけでなく、アジア市場全体においてゴルフクラブ全般のディレクターを務めている。