昭和のゴルフの世界は男子校の運動部みたいに汗臭いものだった?
タイムマシンに乗って昭和のゴルフコースに行ったとします。
最初の違和感は、帽子をかぶっているゴルファーがほとんどいないことだと思われます。
ゴルフで着帽が多くなったのは20世紀末に、鮮烈なデビューをして快進撃を続けたタイガー・ウッズがナイキのキャップを被っていたことと、それに便乗して広告代理店が企業のロゴを国際映像に流す方法として帽子に注目し、ツアープレーヤーが企業ロゴのキャップを被ってトーナメントに出るとCM料を払い、優勝すればボーナスも出すという戦略をとったことで、キャップを被ってゴルフをするツアープロが激増して、それを見たアマチュアゴルファーにも、一気に広まったのです。
それ以前の昭和のゴルフコースで、キャップを被ってプレーしているゴルファーがいると、僕は警戒したものでした。基本的には二種類のタイプだったからです。
一つは、元高校球児で「帽子をかぶらないと、運動している気にならない」という人たちです。根性剥き出しで、体育会系の脳ミソ筋肉系の人種が苦手でした。
もう一つは、「私はこのコースの委員ですよ」という制服感覚で、そのコースの委員会の委員だけに配られるコースのロゴ入りの非売品のキャップを自慢気に被っているパターンです。(これが、どういうわけだか、赤などの目立つカラーのキャップが多かった)
昭和53年に13歳でコースデビューした僕にとって、昭和の時代はジュニアゴルファー、学生ゴルファーと特別な目で見られる目立つ存在でした。一部の保守的なゴルファーからは子供がゴルフをするとは非常識だと虐められることも多々あったので、委員のキャップを被って、パトロールするようにゴルフをしている人たちが苦手でした。
バブルは昭和の終わりから始まりましたが、それまでは、女性ゴルファーが本当に少なかったことも特徴的です。(バブル期に、ドーンと女性ゴルファーが増えたのです)
名門と呼ばれていたコースでは、会員は男性のみ、日曜日は女性のプレー禁止、という令和では考えられない決まりが、むしろ、誇らしげに掲げられていたのです。
『ノーズロ』なんてゴルフ用語が、初心者用のゴルフ用語説明に載っていたりしたのも、ゴルフが男性社会だった証明かもしれません。
グリーンの外からいきなりカップインしてしまうことをノーズロと言いました。ノー・ズロースの略で、ズロースは女性の下半身の下着の古い表現です。何ともお下劣な連想で成り立っている用語で、令和のゴルフコースでは、オールドゴルファーでも滅多に口にしません。
思いつくままに書きましたが、男性オールドゴルファーだけで集まると、昭和のゴルフは酷かったね、と笑い話をしつつ、「でも、良かったよなぁ」なんて感じになるのです。
キャディーさんに甘やかされてオールドゴルファーは育った?
昭和の日本のゴルフの最大の特徴は、ほぼ全てのゴルフコースでキャディー付きの歩きゴルフだったことです。
現在のようにセルフでカートのゴルフが主流になるのは、バブルが弾けた以降の平成の時代です。
ルールのことを始めとして、残りの距離と使うクラブまで、何でもかんでもキャディーに聞くのが当たり前で、現在のゴルファーに比べると、キャディーが助けてくれることが多い分、甘えん坊のゴルファーが量産されたといえます。
ゴルフコースの近所の農家などのお母さんとおばあちゃんを総動員してキャディーとして採用していましたから、接客が得意な性格の人が重宝されたり、勉強熱心な人が優秀だったりすることはありましたが、基本はゴルフをしたことがない女性を研修してキャディーにしていたので、今考えると、非現実的で奇妙な世界観がありました。
昭和からゴルフをしていたオールドゴルファーにアンケートを取ると、キャディー付きのゴルフが好ましいという回答が過半数になります。甘えられるゴルフは楽チンで罪作りなのです。
肩書きでゴルフをするのは苦労も多かったという現実
昭和の時代は、社用族がゴルファー代表でした。接待ゴルフ全盛で、社会人としての嗜みとしてゴルフは機能していたのです。
バブルの前までは、課長以上の役職でなければゴルフ禁止という企業も珍しくありませんでした。
企業が法人用の会員権を所有していた関係もあって、個人名ではなく、○○社の第一営業部長さん、というように肩書きでコースサイドでも記憶しているケースもありました。
肩書きでゴルフをしているので、大企業ほど、または、上級職ほど威張っていたというイメージを持っている人もいますが、現実では悪いことしたり問題を起こしたりすれば、会社の顔に泥を塗ることことになるので、社用族ゴルファーは案外と大人しく、聞き分けが良かったのです。
ゴルフコースサイドとしては、優等生なゴルファーとして、そういう人たちを歓迎する傾向すらありました。
接待ゴルフはスロープレーでマナーも悪かったという話は、ほとんどが嘘か誤解です。
接待する側もされる側も、どこでどんな関係者が見ているかわからないので、無礼な真似はしないことが処世術の基本だったからです。
ゴルフコース関係者の中に、社用族が主役だった頃のほうが良かった、という本音を言う人が多いのも理解できます。
昭和から令和、ゴルフ界の変化を考えると、世界線が繋がっていない過去のような気もしてきます。
さて、50年後のゴルフがどうなっているのでしょうか?
未来のゴルファーから、令和のゴルフは羨ましいと思われるように、ゴルフを楽しむのが正解なのです。
篠原嗣典
ロマン派ゴルフ作家。1965年生まれ。東京都文京区生まれ。板橋区在住。中一でコースデビュー、以後、競技ゴルフと命懸けの恋愛に明け暮れる青春を過ごして、ゴルフショップのバイヤー、広告代理店を経て、2000年にメルマガ【Golf Planet】を発行し、ゴルフエッセイストとしてデビュー。試打インプレッションなどでも活躍中。日本ゴルフジャーナリスト協会会員。




