パリ五輪の金メダリスト、リディア・コーの逃げ切る強さを考察してみた
戸川景の重箱の隅、つつかせていただきます|第50回
スイング、ゴルフギア、ルールなどなど…。ゴルフに関わるすべての事柄の“重箱の隅”をゴルフライター・戸川景が、独自の目線でつつかせていただくコラムです。
Text by Hikaru Togawa Illustration by リサオ
GOLF TODAY本誌 No.628/82ページより
“逃げ切り勝ち”に必要なのはメンタルの強さか、判断力か?
パリ五輪のゴルフ、今回は無料配信動画サービスの「ティーバー」で全日程を堪能することができた。様々な競技が同時進行するオリンピック、特に長時間にわたるゴルフでは、やはりネット配信は非常に相性が良い、と感じた。
東京五輪のようなプレーオフもなく、男女ともスッキリ金・銀・銅メダルが確定したのは良かったと思う。その意味でも、舞台となったル・ゴルフ・ナショナルのセッティングは見応えがあった。
特に、女子のパー5での最終18番ホール。4日間ともイーグルチャンスの誘惑をチラつかせながら、ちょっとした風の読み違いや、ラフに入ればボギーも簡単に打たせるセッティング。大詰めで、1打を争う場面では、追うほうも追われるほうもプレッシャーがかかったはずだ。
リディア・コーは初日から、ショットが乱れそうになるのをショートゲームとマネジメントで補っている感があった。2日目の18番ホールでは、左の池を避けて右のラフまで大きく曲げ、その後もラフを渡り歩いてボギーに。グイグイとスコアを伸ばせるイメージはなかった。
最終日も、いきなりボギースタート。だが、すぐに取り返し、ハーフターン直後には後続に5打差をつける独走態勢に。
ところが、この辺りからショット、パットともショート気味の傾向が出始める。そして、13番パー4の150ヤード弱のセカンドを手前の池に落とし、ダブルボギー。
同様に、4打リードで最終日のバック9に入りながら崩れてメダルを逃した男子のジョン・ラームを思い出したが、コーは違った。14番以降、見事にパーを拾いまくっていった。
圧巻だったのは、やはり18番のプレー。2位とは1打差、金メダル獲得にはパーの5打以下が必須の場面。FWのフェードボールでフェアウェイをとらえ、2打目も短いアイアンで絶好のライに運んだ。残り80ヤード弱のアプローチをピン奥2メートル強に乗せ、バーディフィニッシュ。
ホールアウト後に「18番のティショットとセカンドショットは、人生で最も重要なショットの2つだった」とコメント。3打目勝負のアプローチでもなく、ウィニングパットでもなく。この“見極め”感覚こそ、コーの守備力、逃げ切る強さを支えていると思う。
好プレーで首位をキープしていた選手が、最終ホールで自滅するパターンは2つある。1つは、疑心暗鬼に駆られて攻めすぎ、ミスを招くパターン。1939年の全米オープンでサム・スニードは、最終ホールをパーで上がれば優勝だったのに、バーディが必要と思い込んで攻めた結果、ミスを繰り返しトリプルボギーで敗退。
同様に、パリ五輪と同じ週に開催されたNEC軽井沢72ゴルフトーナメントで、最終ホールで池に落として初優勝を逃した政田夢乃も、後続の追い上げを気にしての攻めすぎが裏目に出たようだ。後続のいない最終組でないと、このパターンに陥りやすい。
もう1つは、1打のミスをきっかけに冷静さを失うパターン。1999年の全英オープンで“カーヌスティの悲劇”と呼ばれた、ジャン・バンデベルデの最終ホール。ダブルボギーでも優勝のはずが、トリプルボギーでプレーオフとなり、敗退。ティショットのミスから、次打の処置判断ミスを繰り返した結果だった。
1987年の東鳩レディスで、最終ホールで4パットのダブルボギーを叩き、大迫たつ子に逆転負けした奥村久子も、50センチの第3パットでひと呼吸置いていれば結果は変わったかもしれない。
狙い所が絞りにくく、アバウトになりそうなセカンドも“人生で最も重要”と認識していたコーの“見極め”に、隙はなかった。
戸川景(とがわ・ひかる)
1965年3月12日生まれ。ゴルフ用具メーカー、ゴルフ誌編集部を経て(株)オオタタキ設立。現在、ライターとしてゴルフのテーマ全般を手掛けている。