ベルンハルト・ランガー、事故や怪我による2度の長期離脱を克服して67歳でもツアーで戦える理由とは?
戸川景の重箱の隅、つつかせていただきます|第53回
スイング、ゴルフギア、ルールなどなど…。ゴルフに関わるすべての事柄の“重箱の隅”をゴルフライター・戸川景が、独自の目線でつつかせていただくコラムです。
Text by Hikaru Togawa Illustration by リサオ
GOLF TODAY本誌 No.631/74ページより
ツアープロが学ぶべきスイングの在り方とは?
11月のUSシニアツアー最終戦となるチャールズ・シュワブ・カップ選手権で、67歳のベルンハルト・ランガーが優勝した。50歳でシニア入りからのツアー連続優勝記録が18年に伸び、ツアー最年長優勝記録も更新となった。
レギュラーツアーは8月の誕生日を迎える前、7月のBMWインターナショナルオープンで引退表明。歴代勝者として出場資格のあるメジャー、マスターズも今年で最後にするはずだったが、2月のアキレス腱断裂で来年へと持ち越された。
66歳でトレーニング中にアキレス腱断裂……なぜそこでシニアツアーも含めて引退、とはならなかったのか。
ゴルフ後進国だった西ドイツから出て20歳で初優勝、欧州ツアーだけで40勝、USツアーでマスターズ2勝を含む3勝を挙げた。日本でも1983年のカシオワールドで優勝している。
だが、ランガーのハイライトはシニア入り以降。18年間、活躍が途切れずUSシニアツアー最多の47勝。シニアメジャーでは唯一のグランドスラマーとして12勝を挙げている。
スポーツで若くして活躍すると、いわゆる“燃えつき症候群”となりやすいが、ゴルフはどうだろう。最近では女子プロが30代で引退する例が目立つが、単純に“体力の限界”のせいだと思う。
ここでいう“体力”とは“イメージ通りのパフォーマンスができる”ということ。ゴルフの場合、飛距離が落ちる云々ではなく、狙った場所へ“気持ちよく”打てなくなること、と私はとらえている。
男子、女子、シニアツアーの違いは単にコースのヤーデージだけ。つまり“狙い打てる距離設定”の違いだけだ。
飛ばす能力は筋力の違い。優れたパフォーマンスとはその筋力カテゴリーで、どこまで正確に狙い打てるかを競えることだ。これでツアー競技は成り立っている。
若さの勢いで、というのはトレーニングがパフォーマンスに結びつきやすい時期を生かしただけ。ケガで故障する、体力が落ちてスイング改造を余儀なくされる、といったことでイメージ通りのパフォーマンスができなくなると、メンタルも低下し“引退”へとつながるように思う。
さて、ランガーはどうか。“引退”の危機は22歳で発症したイップスから向き合っていたはずだ。“塞翁が馬”ではないが、これが良かったのかもしれない。若い時期でのイップス克服体験が、後に3度繰り返されるイップス再発も乗り越えられた要因とも思える。
同時に“故障しないスイング技術”を身に着けていたことも大きい。歴代名手でも腰痛を抱えたり、ヒザ、ヒジ、股関節、手首などにメスが入ったりすることが多かったが、ランガーにはなかった。
スイングのマイナーチェンジも“飛ばす”ではなく“止める”に注力しているように思う。ロングショットでの狙い打ちを弾道の高さで実現しているが、同じ組でプレーした藤田寛之が目を見張るほどの精度を保っている。
ショートゲームでの感性、技術が優れていなければツアープロにはなれないが、シニア以降まで長続きするには、必要なスイング技術の在り方があると思う。倉本昌弘しかり、アニカ・ソレンスタムしかり。
だが、今現在の最も良い手本は、やはりランガーだろう。53歳でバイク事故による左親指手術、今年2月の左足アキレス腱の手術と、主要部位にメスが入った長期離脱を2度経てもツアーで通用し続けるスイング技術。60代で30代のような後ろ姿を見せられるトレーニング方法も興味深い。
一般アマチュアが参考にできるかどうかはともかく、ツアープロ、プロコーチなら絶対研究対象にすべき逸材だと思う。
戸川景(とがわ・ひかる)
1965年3月12日生まれ。ゴルフ用具メーカー、ゴルフ誌編集部を経て(株)オオタタキ設立。現在、ライターとしてゴルフのテーマ全般を手掛けている。