最下位からNo.1になったスピーダーの逆転秘話 |ギアモノ語り
~なぜ、シェア2%台から40%超えになれたのか~
スピーダーエボリューションの快進撃が止まらない。カスタムシャフト市場では40%を超えるNo.1シェアを獲得し、ここ数年、日本の女子ツアーでも使用率1位を継続。しかし約10年前、2011年頃のシェアはわずか2%で4大シャフトメーカーの中でも最下位という時代があった。なぜ、フジクラは大逆転でシャフト業界のトップになれたのか?
初代から2代目は「変化」だったが、5代目以降は「進化」に。
最下位からNo.1へ。そのはじまりは2014年に発売された初代「スピーダーエボリューション」。そこから毎年リニューアルされて、今秋には7代目の「スピーダーエボリューションⅦ」が登場。実は初代から7代目まででも、開発チームの考え方が変わっていた。
「大変評価が高い『エボ6』を使っていた人でも満足できる『エボ7』を目指しました」
藤倉コンポジット㈱ 先端複合材事業部 技術開発部
スポーツ用品チーム リーダー
古川義仁
2005年に入社し、15年にわたりシャフト開発に携わってきた古川義仁氏は、フジクラが最下位だった時期から、№1になった時代も知っている。
「入社当時は『ランバックスX』がアスリートゴルファーから支持されていたので2008年頃までは好調でした。しかし、そのあとの『モトーレシリーズ』は苦戦しました。さらに2011年には東日本大震災があり、福島の工場やテストセンターが被害にあった。2011年から2012年にかけては4大カスタムメーカーでは最下位となるシェア2%台まで落ちた時期もありました」
最下位になったことで、社内ではシャフト開発の方向性、評価方法を見直すことになったそうだ。
「正直、このままではダメになるという話になりました。『ランバックス』や『モトーレ』では性能として尖ったモデルもありました。その理由は当時は社内の一部の声や評価によってOKが出たモデルを商品化していたからです。しかし、シャフトの開発過程においても特定の人ではなく営業チームや、ショップの声、さらにゴルファーの話を反映するスタイルにしたことで、フジクラにはシンプルに飛距離が求められていると気がつきました」
その新しいスタイルで誕生したのが、初代『スピーダーエボリューション』が発売される前年(2013年)に誕生した『モトーレスピーダー』だ。スピーダーは90年代にフジクラが第一次黄金期を迎えていた時代の名器で、弾き系シャフトの代名詞だった。
「名前を復活させたのも、弾き系フジクラへの原点回帰です。飛距離を追求することになった大きな分岐点になりました」
この『モトーレスピーダー』はスピーダーの復活として注目されて、評価も高く、シェアを回復することになる。そして、翌年から『スピーダーエボリューション』がスタートすると、№1への道を歩きはじめる。
「エボシリーズは初代から高い評価を頂きましたが、その頃は初代から2代目は違ったタイプを出すという狙いが強かったです。初代は先中調子だったので、2代目だと中調子系というような変化をつけていました」
確かにエボシリーズにおいては、奇数(Ⅰ、Ⅲ、Ⅴ)は走り系、偶数(Ⅱ、Ⅳ、Ⅵ)は粘り系と言われている。しかし、古川氏は、
「初代から2代目は確かにそうでしたが、5代目以降はあえて大きな違いを出さないようにしています。それは、『モトーレ』時代にも経験したことですが、お客さんが“去年は良かったけど、今年は合わない”となると離れていってしまう。最近は変化ではなく、シャフトとして進化させる新モデルを作っています」
実際、ここ数年日本女子ツアーでも使用率1位を記録しているが、5代目以降は『エボ4』から『エボ5』、さらに『エボ5』から『エボ6』に乗り換える選手が増えてシェアを伸ばしている。そして新作『エボ7』についても、
「前作『エボ6』が大変好評だったので、その良さを継承しながら、加速感を出すようにしています。だから先中調子ではありますが、先端が安定して暴れないシャフトになっています」
その進化の裏には、フジクラの『エボリューションシリーズ』以外のシャフトも貢献している。
先端を安定させて大型ヘッドにマッチ!
30グラム台からのラインナップに!
女子ツアーで人気No.1!すでにエボ7使用者も
他のシャフトで成功した最先端の技術を『エボ7』に!
フジクラのシャフトは、『エボリューションシリーズ』だけではない。アイアンでは『MCI』が大ヒットし、最近では20グラム台の『ゼロスピーダー』も話題になっている。そんな他のシャフトの技術も『エボ7』には反映されていた。
「20グラム台の軽量シャフトの技術も『エボ』を成長させました」
藤倉コンポジット㈱ 先端複合材事業部 技術開発部
スポーツ用品チーム
高橋慶吾
初代エボの前作、『モトーレスピーダー』で流れが変わった
フジクラが低迷していた2011年頃、古川氏がよく言われていた言葉があったそうだ。
「ツアープロだけでなく、一般の試打会でも『フジクラは一発の飛びはあるけど、暴れるときがあるから安定しない』とよく言われました。それを解消するためにまずは素材から見直して、樹脂量の少ないカーボンシートを採用するようになりました。さらに『エボ7』では70トンのカーボンクロスを採用していますが、これは繊維がクロスしてることで、『エボ5』などで採用していた90トンカーボンよりもさらに効率よくパワーが伝わる素材です」
さらに、もう1つ『エボシリーズ』に安定感をもたらしたのがメタルコンポジットテクノロジー(以下、MCT®)。『エボ2』から採用されたMCT®は、フジクラのイメージを一新して、飛距離と安定感を両立。女子ツアーでの使用率を大幅に伸ばすシャフトとなった。MCT®とはカーボンに金属(メタル)を複合させるという、フジクラの特許技術。MCT®によってカーボンの設計自由度が上がって、振り心地を安定させることができた。
「このMCT®は、最初アイアン用の『MCI』(2012年発売)に開発したテクノロジー。アイアンでカーボンシャフト特有の滑らかなしなり感を生かしつつ、安定感を出すために開発した新しい技術でした。それがすごく好評だったので『エボ2』から採用することになりました」
同じように『エボシリーズ』には他のシャフトから採用した技術が多い。
「正直に言うと、『エボシリーズ』は最もターゲット層の広いメイン商品なので、最初に挑戦的な技術を『エボシリーズ』で試すのは怖い。だから、他のシャフトで成功した技術を採用することが多いです。例えば『エボ3』に採用した90トンカーボンとT1100素材の組み合わせは『プラチナムスピーダー』から応用したものでした。また超軽量の『ゼロスピーダー』で成功したマルチフーププライ積層設計を今回の『エボ7』にも採用したりしています」
マルチフーププライ積層設計はシャフトの内層と外層を、それぞれ二層構造にすることでシャフトの変形、ねじれを抑える技術。採用した理由について、古川氏とともに『エボ7』の開発に携わった高橋氏は、
「マルチフーププライ積層は、強度を高めるための技術です。『ゼロスピーダー』は20グラム台のシャフトまであるので、軽くしたときでも一定の強度を出すことが必要。だから、このアイデアが生まれたのです。その後はアスリート向けの『スピーダーTR』にも採用して、ツアープロからも好評でした。その成功過程を経て『エボシリーズ』に採用できたのです」
つまり『エボ7』は、すでに成功した最先端技術を結集したシャフトになっていると言えるだろう。
「今回、最も苦労したのは素材としては『エボ6』とほぼ同じですが、そのまま先中調子にしたら、従来の先中調子と同じになってしまいます。だから、先中調子の走り感がありながらも、先端剛性を高くしています。だから、昔のように“先が暴れる”感覚は絶対に無いと思います」
長年、フジクラシャフトを見てきた古川氏は、
「フジクラの先中系としても、新しい方向性になっています。『エボ6』を使っている人にとっても『エボ7』にスイッチできるはずです」
フジクラは№1シェアを獲得しただけでなく、トップに立ってからも、そのシェアを伸ばしてきた。そこには毎年リニューアルされる新モデルについて変化ではなく、進化を追求する開発背景があったのだ。
ゼロスピーダー、MCIから『エボ』に継承
今年のシブコは『ベンタス』で世界へ!
写真/相田克己
GOLF TODAY本誌 No.580 105〜109ページより