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J’sドライバー|ニューヨークタイムスに取り上げられた魔法のドライバー

商品開発はドラマ!!!|今だから言える驚きのストーリー[第2回]

2021/03/09 ゴルフサプリ編集部

ゴルフメーカーの商品開発におけるドラマチックな業界裏話をメーカー勤務経験のフリーライター・嶋崎平人が語る連載企画。今回は1990年のマスターズで大きな話題となったブリヂストンスポーツの『J‘sドライバー』が主役のストーリー。
GOLF TODAY本誌 No.585/70ページより

J’sドライバー|ニューヨークタイムスに取り上げられた魔法のドライバー

1990年のマスターズで大きな話題となり、その後は日本でも大ヒット商品となったブリヂストンスポーツのJ‘sドライバー。

ジャンボが帝王ニクラスを90ヤードもアウトドライブ!

1990年4月8日マスターズ最終日の日曜日の朝「The New York Times(ニューヨークタイムス)」に日本のゴルフクラブの記事が掲載され、大きな話題となった。「The Mysterious Magical Jumbo(不思議な魔法のジャンボドライバー)」という見出しで4段の大きな記事で取り上げられた。1990年4月のマスターズにジャンボ尾崎(尾崎将司)が出場し、使用しているJ'sドライバーをジャック・ニクラス、レイモンド・フロイドも使い飛躍的に飛んでいるとの内容である。

ニクラスが1989年の春にジャンボとプレーした時、ドライバーの飛距離はほとんど変わらなかった。しかし、J'sを使うようになったジャンボとその年末に日本でのテレビマッチをしたとき90ヤード以上置いていかれた。ニクラスは前週に行われたPGAシニアツアーでJ'sドライバーを使い平均300ヤード以上ドライブし、最大は350ヤード飛ばしたとのことである。

フロイドもマスターズの2番ホール550ヤードで、下り坂とはいえ400ヤード近く飛ばしたと伝えている。まさに魔法のドライバーとして取り上げられた。この年のマスターズの最終成績は、J'sドライバーを使った47歳のフロイドは2位、50歳のニクラスも6位と健闘し、ジャンボは23位であった。

この魔法のドライバーJ'sが発売されたのがこの年の2月である。1本5万8000円で高価格であったが、この記事がでたことで、J'sドライバーの高性能の証明となり、国内外のトッププロの間でさらに評判となった。一般ゴルファーにとっても憧れのクラブとなり、発売年で15万本の大ヒット商品となった。

当時はパーシモンヘッドから比較してかなりヘッドの大型化に取り組んだが、それでも今の460㎤ドライバー(右)と比較すると、かなりコンパクトサイズと言える(左)。

ヘッド体積190cm3、厚さが45mmシャフトは高弾性カーボンを採用!しかし折れやすく…!?

1970年にプロ入りしたジャンボは、野球で鍛えた身体能力を生かし、圧倒的な飛距離を誇っていた。用品用具契約したのはブリヂストンスポーツ。プロ入りして10年で24勝して順調な滑り出しであったが、1985年ごろから不調に陥った。特に、当時のドライバーはパーシモン、ボールは糸巻きで、ヘッドスピードがあればあるほど、ミスしたときの曲がりが大きかった。スポーツ紙がOBの数を年間を通して数えていたほどである。飛んで曲げないためにジャンボが選択したのが、80年代から登場したメタルであった。

ジャンボはテーラーメイドのメタルを1987年から使い始め、その年の中日クラウンズ、フジサンケイクラシックと2週連続優勝、3週目の日本マッチプレーで高橋勝成に惜しくも敗れたが、ジャンボの好成績を支え優勝3回の賞金ランキング2位。翌年の1988年には優勝6回で賞金王となった。

クラブ契約先のブリヂストンスポーツもジャンボが他社製品のドライバーを使って活躍することを黙って見過ごすわけにはいかなかった。当時の山中社長が「時間と開発費を惜しまず徹底的にやれ」との号令のもとに、ジャンボが使えるドライバー、プロの感性・要求に応えたモノづくりに開発陣総出で取り組んだ。ジャンボにも「今のメタルと同じなら使わない。これを超えるものであれば使う。」とさらなる飛びと性能を要求された。ヘッドに関しては、ジャンボの好みの形状は開発陣が把握していた。当時としては大型のヘッド体積190cm3でヘッド厚さが45mmを超えるモデルでほぼ決まり、ジャンボの了解をえられた。当時メタルヘッドは150cm3前後で、大型化することはヘッドを薄肉化する必要があり製造技術上の大きな困難を伴った。ブリヂストンスポーツは台湾で現地企業と合併会社を設立し技術者を派遣、最新技術を駆使し、金型を何度も作り変え、当時のパーシモンに近い大きさのヘッドを作り上げた。今では、460cm3が標準だが、190cm3でも当時としては大型ヘッドとして注目を集めた。大型化によるスイートエリアの拡大と、低スピン化による飛距離アップであった。

もう一つ、飛びの大きな要因はシャフトであった。ジャンボの「これを超えるものであれば使う。」との言葉を受け今までにないシャフト開発に取り組んだ。当時新興のグラファイトデザインと組み、ゴルフ業界では初めての弾性率70トン超高弾性カーボン繊維を使用し、シャフトのトルクをスチール並みに絞り込んだ、弾きの良いシャフト開発に取り組んだ。高弾性のカーボンはパキパキして折れやすく取り扱いが難しい素材であった。試作品ではシャフト折れを繰り返したが、この素材の弾きの良さは捨てがたく、シャフトの巻き方などを工夫し試作を何度も繰り返しこれを克服し、今までにない弾きの良いカーボンシャフトを完成させた。このシャフトとヘッドの組み合わせが魔法のドライバーJ'sを生んだのである。ジャンボは発売の半年前の1989年8月から使用開始し、このクラブで4勝し賞金王にも輝き、翌年のマスターズに出場しニューヨークタイムスにこのクラブが取り上げられたわけである。

発売当初はシャフトが折れることが多かった高弾性カーボンのオリジナルシャフトであったが、ヘッドとのバランスが絶妙で、飛距離アップの大事な役目を担った。


取材・文/嶋崎平人


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