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「自分自身に嘘をつかない。ゴルフも人生も尊厳を持て」

伝説のアマチュアゴルファー中部銀次郎の「言の葉」 vol.2

2022/07/28 ゴルフサプリ編集部

中部銀次郎

新連載、伝説のアマチュアゴルファー中部銀次郎の「言の葉」。
「プロより強いアマチュア」と呼ばれた中部銀次郎氏が遺した言葉は、未だに多くのゴルファーのバイブルとなっている。その言葉1つ1つを、皆さんにもお届けしていく。

GOLF TODAY本誌 No.602/68〜69ページより
写真提供/オフィスダイナマイト
イラスト/北村公司

仏様のような穏やかな顔の裏には

現役を引退して厳しい生活から解放されて柔和に話をする。

「ゴルフというスポーツが他のスポーツと大きく異なるところは、通常、審判がいないということなんですね。それは根本的にフェアプレーを重んじるスポーツだということです。ゴルファーは誰もが誠実であり、従って不正を犯すものはいないという基本的な考え方によって成り立っているスポーツなんです
このことはルールブックの規則1のなかの、「すべてのプレーヤーに期待される行動」に書かれている。「つまり、ゴルフをプレーするゴルファーは常に正直でなければいけない。そうでなければ、競技をする資格はない。ゴルファーとはいえないということなんです」

中部さんは「そのこと」をゴルフを始めた頃に思い知った。いつものように北九州にある門司ゴルフ倶楽部で父・利三郎さんと週末にプレーしていた。何とか良いスコアで回っていいところを父に見せようと思っていた。この倶楽部の名物ホールである深いアリソンバンカーに囲まれた6番ホールで「そのこと」が起きた。
中部さんはセカンドショットで果敢にグリーンを攻めた。打球はスライスしてグリーンを外れたが、バンカーにも入らなかった。良かったなと思ったが、深いラフに沈んでいた。サンドウェッジを持っていなかった中部さんは9番アイアンでグリーンを狙った。ピンは目の前だから9番では大きく振れず、小さなスイングをしたところ、何とボールは草の中でピクリとも動かなかった。空振りである。「あっ」とは思ったものの、銀次郎少年は次のような甘い期待を抱いたのだ。「素振りに見えたかも知れない」邪念が起きたのである。ホールアウト後、本当はダブルボギーであったのに、ボギーと申告したのである。しかし、百戦錬磨の父の目は誤魔化せない。素振りと空振りは明らかに違う。

中部さんは父から球を蹴っ飛ばしたとき以上に叱られた。スコアを誤魔化すことはゴルファー以前の問題、人間失格だとまで言われたのだ。中部さんはゴルフクラブを取り上げられ、謹慎の身となってしまったのだ。

野球でもサッカーでも審判がいる。故に審判が見ていなければ何をしてもいいという風潮がある。特にサッカーの場合はペナルティーを相手に与えようと、大げさに倒れ痛がったりする選手も多い。しかし、ゴルフは元々審判のいない競技なのだ。プレーヤー自らがルールを守らなければゲームが成り立たなくなってしまう。フェアプレーの上に成り立っているスポーツなのである。中部さんは言う。「ゴルフはゴルファー自らが審判なのです。自らのプレーを自らがジャッジしなければいけない。公明正大にして行う唯一のスポーツと言ってもよい。それだけに貴いスポーツなのです」

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ゴルフ場,ボール

銀次郎少年はスコアを誤魔化したことで、大好きな父から嫌われたと思った。しかも、好きになってきたゴルフをさせてもらえない。なぜそこまで罰せられるのかと思ったが、父からゴルフというスポーツの成り立ち方、その精神を聞いて納得した。自分がゴルフという神聖なスポーツを冒涜したことを思い知ったのだ。
それからはどんな些細なことであっても誤魔化すことはしなかった。ボールを動かさないこと、スコアを誤魔化さないことは、中部さんにとって最も大事な要諦となった。自分自身が審判であるスポーツの素晴らしさを知り、そんな高貴なスポーツができる自分を誇らしくも感じたのである。

中部さんはそれだけではなく、対戦相手から嫌疑をかけられそうなことも良しとしなかった。「セカンドショットやアプローチをするときは何本かクラブを持ってボールのところに行きますよね。打つ前に使わないクラブを置きますが、そのときに必ず、自分の背中のほうに置くようにしました。前や後ろに置くと、クラブで狙う方向を示していると思われることもあるからです。また、素振りは必ずボールの飛球線後方で行うようにしていました。ボールの後ろや近くでは行わない。空振りと思われるようなことは絶対にしないようにしました」これは相手に対してのマナーでもあり、自分が真摯にプレーすることを旨とする行動でもある。

何事も真摯に向き合うことで運が引き起こされる

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中部さんは競技をするようになってから、コースにはゴルフの神様や女神様がいると思うようになった。なぜならゴルフほど運が勝敗を分けるスポーツはないと思えるようになったからだ。
「ゴルフをすると、わけのわからない力が働いているように感じることがあります。林に打った球が木に当たってフェアウェイに戻る、池に入ったと思った球が池の縁で止まるといったようなことです。これって人間の力を超越したものだと思うのです。つまり、コースに棲む神様や女神様がなさったことだと思えるわけです。神様や女神様はいつでも自分のプレーを見ていらっしゃる。ならば、決して嘘をつかない、誤魔化さない。傲慢にならず、謙虚にプレーする。神様や女神様に好かれるゴルフをしようと思ったのです」

このことはマスターズなど大きな試合を見るとよく思うことである。優勝する選手には必ず信じられない幸運があるものだ。ティショットを曲げて林に入ったのにピンが狙える。お花畑に入ったロストになりそうなボールが見つかる。絶対絶命の場所からのアプローチがチップインする。20メートルものロングパットがカップに飛び込むといったように。こうしたときに選手は皆、オーガスタ・ナショナルの神様や女神様が行ったに違いないと思ってしまうのだ。そして、自分にそうした幸運があったのは、真摯にプレーしてきたからだと思うのである。

ゴルフを通して実感すること

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こうしたことは何もゴルフだけではない。いつも真摯に仕事に向き合って努力していれば、必ず良いことが起きる。目標が達成され、成功という二文字がやってくる。勉強でも同じである。真面目に取り組んでいれば、やがて学業がレベルアップし、目標が達される。もちろん、そんなことはないと言う人もいるだろう。しかし、そんな人もゴルフをやってみればわかる。人間がすることには運があることを。その運はまったく信じられない力によって引き起こされていることを。

ゴルフコースに神様や女神様がいるかどうかはその人の信心深さによって変わるだろう。
クリスチャンなどが多い外国人プレーヤーにはそう思うことも多いだろうが、無信仰の人でもゴルフをすると、考えられない力が働いていることだけは実感するだろう。自分を誤魔化さず、嘘をつかずにゴルフをしてきた中部さんの顔が、僕には仏様のように見えてしまったのは、そうした行いをしてきたからに違いないと思うのである。


中部銀次郎

中部銀次郎(なかべ・ぎんじろう)

1942年1月16日、山口県下関生まれ。
2001年12月14日逝去。大洋漁業(現・マルハニチロ)の副社長兼林兼産業社長を務めた中部利三郎の三男(四人兄弟の末っ子)として生まれる。10歳のときに父の手ほどきでゴルフを始め、下関西高校2年生時に関西学生選手権を大学生に混じって出場、優勝を遂げて一躍有名となる。

甲南大学2年時の1962年に日本アマチュア選手権に初優勝を果たす。以来、64、66、67、74、78年と計6度の優勝を成し遂げた。未だに破られていない前人未踏の大記録である。67年には当時のプロトーナメントであった西日本オープンで並み居るプロを退けて優勝、「プロより強いアマチュア」と呼ばれた。59歳で亡くなるまで東京ゴルフ倶楽部ハンデ+1。遺した言葉は未だに多くのゴルファーのバイブルとなっている。

著者・本條 強(ほんじょう・つよし)
1956年7月12日、東京生まれ。武蔵丘短期大学客員教授。
『書斎のゴルフ』元編集長。著書に『中部銀次郎 ゴルフ珠玉の言霊』『中部銀次郎 ゴルフの要諦』『中部銀次郎 ゴルフ 心のゲームを制する思考』(いずれも日本経済新聞出版編集部)他、多数。


伝説のアマチュアゴルファー中部銀次郎の「言の葉」

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