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TOURSTAGE(ブリヂストンスポーツ)|年間売上100億円の穴を埋めるべくスタートした実証ブランド

商品開発はドラマ!!!|今だから言える驚きのストーリー[第16回]

2022/05/09 ゴルフサプリ編集部

ウッドからアイアンなどのクラブ、ボール、グローブほか多くの商品を展開したツアーステージ。

ゴルフメーカーの商品開発におけるドラマチックな業界裏話をメーカー勤務経験のフリーライター・嶋崎平人が語る連載企画。今回はTOURSTAGEが主役のストーリー。
GOLF TODAY本誌 No.599/68ページより

年間売上100億円の穴を埋めるべくスタートした実証ブランド

尾崎将司の「J’s」ブランドの契約が切れてしまうことを前提としてNEWブランドの立ち上げを決定

ブリヂストンスポーツの本社は、京橋のブリヂストンが入っているビルの一角にある。ブリヂストンとゴルフの関わり合いは、ブリヂストン創業から3年後の1934年にゴルフボール製造したことに始まる。その歴史の中で、「TOURSTAGE(ツアーステージ)」は一時代を築いたブランドで、「いつかはTOURSTAGE」とゴルファーの憧れのプロ実証ブランドの最高峰の位置づけであった。

「TOURSTAGE」は1997年12月に都内のホテルで新ブランドとして発表された。ゴルフメディアを中心に200名以上が詰めかけ、熱気のある記者会見であった。当時ブランドを担当し、現在ブリヂストンスポーツ株式会社BSPC品質管理本部シニアマネージャーの海鋒宏光氏にお話を伺った。

ブリヂストンスポーツ海鋒宏光氏
ブリヂストンスポーツ株式会社BSPC品質管理本部シニアマネージャーの海鋒宏光氏が当時のことを詳細に語ってくれた。

「TOURSTAGE」の誕生には尾崎将司が大きくかかわっている。1990年代はブリヂストンスポーツ契約の尾崎将司が活躍、96年には年間8勝しプロ通算101勝を挙げ絶対的な強さであった。

尾崎の使う「J's」ブランドのクラブ、ボール、アパレル、用品の年間売り上げは100億円以上あり、ブリヂストンスポーツのゴルフ事業を支えていた。

当時、ブランドの課題として(1)プロ実証のブランドをどうするか、(2)アベレージ向けのブランドが弱くそれをどうするか、(3)ブランドが多すぎる、の3つがあり、ブランドを絞り、プロ実証ブランドとアベレージブランドの今後を96年頃から検討していた。その中で、尾崎との契約が切れるのではないかとの話が、97年初めごろから社内で出始めていた。

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これに対応するため、契約が切れることを前提に97年3月、社内プロジェクトが立ち上がり、「J's」に代わるブランドをどうするのかを緊急で検討が始まった。その時点では、尾崎との契約がどうなるか不透明。
もちろん、特定の個人に偏ったブランドではないもので検討していった。ブランドは商標が使えないと話にならない。商標登録できるブランドを検討し、ツアーステージ、ツアードリーム、ウインステージなどのブランド名が候補として上がった。

また当時ボールブランドとして強かった「NEWING」なども検討された。現場、担当者はバタバタの中で、ブランドの絞り込み決定を急いだ。そんな状況の中で、「TOURSTAGE」の商標が出願されたのは1997年4月であった。

「TOURSTAGE」の商標
商標登録には、類似の登録名も見られる。

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新しいブランドは決定した。尾崎将司の契約が切れることを前提に、社内では商品づくりが平行して進められていった。「J's」ブランドをカバーするために、クラブ、ボール、用品、アパレルの総合ブランドとしての商品ラインアップが必要であった。

100億円ブランドがなくなる危機意識が社内共有され、商品開発は急ピッチで進められた。今まで培った、技術、ノウハウを投入してクラブ、ボール、用品、アパレルの各担当部門で「TOURSTAGE」ブランドが企画・開発・製造・商品化されていった。

尾崎将司が97年11月他社との契約を発表、ボール契約は残ったが「J's」ブランドはこのときをもって終了することが正式に決まった。
それから1カ月後、新しいブランド「TOURSTAGE」が発表された。海鋒氏によると「ホテルでの記者発表には、数千万円をかけた」とのことである。飯合肇、湯原信光、丸山茂樹、東聡、細川和彦、金子柱憲の契約6選手が出席し、新ブランドにかけるブリヂストンスポーツの意気込みを披露した。

「TOURSTAGE」ロゴ
プロツアーをイメージした印象的なロゴマーク。
記者会見
丸山茂樹はじめトッププロが6人が壇上に揃ったきらびやかな記者会見は、その意気込みが感じられるものだった。

クラブはドライバー「X100」・「Z100」の2機種、フェアウェイウッド「C300」、アイアン「X1000」、ボールは「MC432」、グローブ、キャディバッグなどの用品を揃え、アパレルは98年秋モデルから展開することも発表。フルラインナップであった。

98年3月の男子開幕戦東建コーポレーションカップは飯合肇が優勝。「TOUR STAGE」発売の後押しをした。
また、98年男子最終戦の「ゴルフ日本シリーズJTカップ」の優勝争いは、ブリヂストンスポーツ契約の宮本勝昌と尾崎将司のプレーオフにもつれ込んだ。プレーオフは4ホール目、宮本のバーディパットで決着。「TOUR STAGE」の勝利であった。

この年、日本男女ツアーで「TOURSTAGE」のボールは29勝を重ねた。
98年は結果として「TOUR STAGE」は販売店の協力もあり「J's」のファン層であったプロ実証路線のブランドを継承し、「アクセス」「ビーム」と合わせて、99億円を売上、「J's」の抜けた穴を埋めることが出来た。

2003年には宮里藍がブリヂストンスポーツと契約し、翌年2004年の開幕戦でプロ初優勝。「TOUR STAGE V-iQ」を使用して活躍に注目が集まった。

2007年は「TOUR STAGE」の売上が200億円に達し、名実ともにプロ実証ブランドの最高峰の地位を確立した。しかし、2014年ゴルフ用品の競争がグローバル化し、テーラーメイド、キャロウェイゴルフ、ピン、タイトリストなどの海外ブランドとの競合の中で、プロ実証ブランドとしてのイメージの強い「TOUR STAGE」の役目は終わり、米国で展開していた「BRIDGESTONE GOLF」へとバトンタッチをしていった。

取材・文/嶋崎平人


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