「甘く見ていると、必ず後でしっぺ返しをくらうのです」ゴルフも仕事も"絶対はない"等価の世界
伝説のアマチュアゴルファー中部銀次郎の「言の葉」vol.12
伝説のアマチュアゴルファー中部銀次郎の「言の葉」。
「プロより強いアマチュア」と呼ばれた中部銀次郎氏が遺した言葉は、未だに多くのゴルファーのバイブルとなっている。その言葉一つひとつを、皆さんにお届けしていく。
GOLF TODAY本誌 No.612/68〜69ページより
本誌イラスト/北村公司
「すべてのショットは等価、すべての仕事も等価」
「中部さんはどんなに短いパットでも片手で入れるようなことはしませんよね。しっかりとアドレスして両手で正確にボールを打ちます。若い頃からそうだったのでしょうか?」
筆者の質問に中部さんはいつになく真面目な顔で答えた。その顔に思わず緊張した。
「私のゴルフにはOKのパットというものはありません。マッチプレー競技ではパットでOKを出すことはありますが、ストロークプレーの競技ではOKはなく、常にカップインしてそのホールを終える、完全ホールアウトをしなければなりません。
ですからしっかりとカップにボールを沈めます。そのことが習慣になっていて、競技から離れた今も完全ホールアウトします。そうしないと気持ちが悪いんですね」中部さんはそう言って、柔和な笑顔を浮かべた。
「友人たちとのゴルフですと、彼らは皆お互いに短いパットにはOKを出します。私にもOKを出してくれるわけですが、私は『ありがとう。でもパットさせて欲しい』と言ってしっかりと沈めます。
少し時間がかかるので申し訳ないのですが、完全ホールアウトしてこそゴルフだと思っているので、カップインします。もしもあなたが競技ゴルファーならば、普段のゴルフから完全ホールアウトの癖を付けたほうがいいと私は思います。そうしないと競技で短いパットをするときに意外と緊張して外してしまうこともあるからです」
確かにその通りだと思う。OKだと思う距離を打つことになると、体が硬直したり、手がスムーズに動かなくなったりする。外さない距離なのに、入れてほっとしたりするものだ。それも下りや曲がるラインでは尚さらだろう。
ちなみにあるデータによれば、約60cmが入る確率はツアープロであれば99%だが、平均スコア90のゴルファーならば94%だという(ちなみに約90cmが入る確率はツアープロであれば96%だが、平均スコア90のゴルファーならば87%)。
となれば、中部さんであっても60cmのパットは100回に1回は外すわけで、絶対ということはないのである。ならばどれほど短いパットでも常にしっかりとカップインしてホールアウトするという習慣は欠かせないことになる。
絶対などありえない
とすれば、我々レベルでは尚さらだろう。というのもパットをOKし出したら、最初は「ワングリップOK」などと言っていながら、お互いに甘さを享受しだしてOKの距離がどんどん伸びてしまうからだ。
「ワングリップ」はグリップの長さの平均が27cmでかなり短いが、「これなら入るよね」と言い出して、あっという間に60cmくらいはOKにしてしまう。となれば、100回に6回は外すのだから、スコアは5つくらい足すのが本当ということになる。
中部さんは言う。「OKだと思えるような短いパットでも外すことはあります。強くは打てないのだから、短くても芝目の影響は受ける。風が強ければそれもまた大いに影響を受ける。下りの速いパットなら外したら転がって今以上の距離になることだってある。
そこで短いパットをショートする羽目にもなる。切れるラインならばカップの真ん中を狙えないことだってある。要するに絶対に入るパットなどありえないのです」
ゴルフは本当に恐ろしいゲーム
名プレーヤーでもショートパットを外して優勝を逃したといったことは枚挙にいとまがない。1997年に全米プロに優勝したデービス・ラブ三世もショートパットに苦しんだ。95年のマスターズや96年の全米オープンでは1mのパットを外して1打差で優勝に届かなかった。類い希なる飛距離を持つショットメーカーだったが、やはりスコアをつくるのはパットなのである。
中部さんも素晴らしいショットメーカーだったが、パットの名手だったかと言えば違っていた。もちろんショットメーカーはパーオンの確率が高いため、寄せワンが少なく、それ故にパット数が多くなるが、それでもロングパットがビシビシ入ったという印象は少ない。
そんな中部さんが逆に優勝争いをしていた相手選手がショートパットを外して日本アマに優勝したこともあった。1974年の日本アマの最終日は31歳の中部さんと18歳の倉本昌弘選手の一騎打ちとなった。
中部さんは12番ホールまで倉本選手に1打リード。しかしこのホールでティショットを曲げてダブルボギーを叩いてしまい、倉本選手に逆転された。ところが倉本選手が30cmの短いパットを外してしまうのである。これで流れが戻り、その後中部さんがバーディを奪って1打差で日本アマ5度目の優勝を成し遂げたのである。
中部さんは当時を思い出す。「あのとき、倉本は勝ったと思ったかも知れません。ダブルボギーを叩いてショックを受けている私に対して、自分は絶対に入ると思われる30cmのパットなわけです。だからこそ、心に油断が生じたのかもしれない。
あのパットを外したとき、『ゴルフには絶対はない』ということを改めて思いました。ゴルフは本当に一寸先は闇、恐ろしいゲームです」
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ゴルフに対して必要な心構え
こうしたことがあって、中部さんはますますどんなに短いパットでも慎重にパットするようになったのかも知れない。
「ロングパットでもショートパットでも、やさしく見えるパットでも難しく思えるパットでもすべて同じように神経を集中させて打つ。それもきちんと構えてしっかりと打つ。片手で打つなどは論外。ゴルフを甘く見ているとしか言いようがありません。
いずれどこかで外すことになるのです。一瞬たりとも油断しない。それがゴルフに対して必要な心構えなのです」
さらに中部さんは言う。「どんなパットでも1打は1打。それはパットだけでなく、ショットも同じです。どんなショットも1打は1打なのです。250ヤードのドライバーショットでもたった30cmのパットでも1打は1打。
すべてのショットは同じ価値なのです。ドライバーだから真剣に打ち、短いパットだからいい加減に打っても良いということには決してならない。すべてのショットは等価。そのことを心底肝に命じるべきです」
このことはゴルフだけに当てはまることではない。仕事でもまったく一緒である。大きな仕事も小さな仕事も全力であたらなければならない。大金を稼げる仕事は一生懸命にやり、小銭しか稼げない仕事は適当にやる。そんなことでは必ず後でしっぺ返しをくらう。
上手く行っていた事業でもいつしか壁に当たり、じり貧を余儀なくされるのだ。「仕事に大小はない。すべて等価である」そう筆者は中部さんのゴルフ信条から学ぶのである。
中部銀次郎(なかべ・ぎんじろう)
1942年1月16日、山口県下関生まれ。
2001年12月14日逝去。大洋漁業(現・マルハニチロ)の副社長兼林兼産業社長を務めた中部利三郎の三男(四人兄弟の末っ子)として生まれる。10歳のときに父の手ほどきでゴルフを始め、下関西高校2年生時に関西学生選手権を大学生に混じって出場、優勝を遂げて一躍有名となる。
甲南大学2年時の1962年に日本アマチュア選手権に初優勝を果たす。以来、64、66、67、74、78年と計6度の優勝を成し遂げた。未だに破られていない前人未踏の大記録である。67年には当時のプロトーナメントであった西日本オープンで並み居るプロを退けて優勝、「プロより強いアマチュア」と呼ばれた。59歳で亡くなるまで東京ゴルフ倶楽部ハンデ+1。遺した言葉は未だに多くのゴルファーのバイブルとなっている。
著者・本條 強(ほんじょう・つよし)
1956年7月12日、東京生まれ。武蔵丘短期大学客員教授。
『書斎のゴルフ』元編集長。著書に『中部銀次郎 ゴルフ珠玉の言霊』『中部銀次郎 ゴルフの要諦』『中部銀次郎 ゴルフ 心のゲームを制する思考』(いずれも日本経済新聞出版編集部)他、多数。
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