中部銀次郎・前人未踏の記録を打ち立てた背景には、オンリーワンの考えがあった
伝説のアマチュアゴルファー中部銀次郎の「言の葉」vol.8
新連載、伝説のアマチュアゴルファー中部銀次郎の「言の葉」。
「プロより強いアマチュア」と呼ばれた中部銀次郎氏が遺した言葉は、未だに多くのゴルファーのバイブルとなっている。その言葉1つ1つを、皆さんにもお届けしていく。
GOLF TODAY本誌 No.608/68〜69ページより
本誌イラスト/北村公司
「人と比べても仕方ない。相対評価でなく絶対評価にする」
中部銀次郎さんは現役を引退した後でも光り輝いていた。誰にでも優しく、温かく接していた。かしずくわけでもなければ、偉ぶるようなことは皆無だった。いつでも仏様のような柔らかい表情だった。
だからこそ、誰からも敬われていた。ゴルフという自分一人が頼りの孤独な勝負を経てきたからだろうか。苦しみ、悩みを超えて、喜びを得た人の感じがしていた。悟りを得た人の雰囲気があった。
「勝負に勝ちたい。日本一になりたい。そう思っていたときは周りの人が気になって仕方なかったです。どんな球を打つのか、どんな攻め方をするのかなど、考え出せば切りがないです。
だって、相手は自分ではない。他人ですから何を考えているのか本当のところは何もわかりません。だったら、人のことで思い煩うことなどない。自分のプレーをするだけです。ベストを尽くすだけ。やることはそれしかないのです」
ベストを尽くして負けたら仕方がない。その覚悟がいつしかできたということなのだ。問題は勝ち負けではなく、ベストを尽くせたかどうか。その一点にあるということなのだ。
アマチュアであった中部さんは生涯、日本アマを制することを目標にしていた。日本アマはマッチプレーであるから、対戦する相手は目の前の選手だけ。となれば自然に相手が気になる。相手よりも優ろうとする。
しかし、そう思った時点で負けていると思えたときがあったのかもしれない。もちろんそのことはストロークプレーでも同じことだ。優勝争いは時にたくさんの選手を相手に戦わなければならない。様々な相手と自分を比べてしまうこともあるだろう。それにプレーオフにでもなれば、それは即ちマッチプレーである。
「ゴルフは結局、他人ではなく、自分自身との戦いなのです。試合ともなれば緊張しないほうがおかしい。競技に出るということは優勝を目標にしているわけで、そうなれば良いプレーをしたい。
相手がどうのこうのという以上に自分にプレッシャーがかかる。その緊張感をいかに解放するか。それにはベストを尽くすしかないわけです」
コースを相手に自分自身と戦うということ
中部さんが言うベストを尽くすとは一概に良いプレーをするということではない。
「良いプレーはしたいです。もちろん良いショットも打ち続けたい。そのために一生懸命練習しているわけですから。しかし、常に良いショットが打てるかといえば、そんなことは不可能です。1ラウンドして、満足できるショットなど1割もない。それがゴルフなのです。
ですから、良くないショット、ミスショットをしたときこそ大事なわけです。そのときに自分を見失わず、次のショットを良くしなければいけない。頭にきたり、落胆したりもするでしょうが、気持ちを立て直して、次の目の前のショットに挑むことなのです。それがベストを尽くすということです」
となれば、人と比べても意味はない。人が良いショットを打とうがミスをしようが、関係ないのである。もちろん、勝負はその差になるわけだが、それを気にしても仕方がない。自分自身をしっかりと見据えて、ベストを尽くしてショットを打ち続けるしかないのである。
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かのボビー・ジョーンズはそのことを「パー爺さんとラウンドすること」と言った。有名な「オールドマン・パー」である。パーを相手にプレーする。1ラウンド18ホールとして、18のパーであるパー爺さんを相手に挑んでいく。それはコースを相手に自分自身と戦うということである。
ジョーンズはこの境地に至るまで7年の月日を要した。ようやく全米オープンに初優勝するや、破竹の勢いでメジャートーナメントを制覇していったのだ。そして、最後には年間グランドスラムを達成してしまったわけである。
中部さんもまったくボビー・ジョーンズと同じである。相手のプレーを気にしなくなってから日本アマを制し、生涯で6回もの日本アマ優勝という前人未踏の記録を打ち立てたのだ。
相手がいる勝負事で相手を意識しない。口で言うのは簡単だが、勝とうという気持ちがあればあるほど相手が気になるはずだ。1打負けている、1ホールの差があるなど、相手が気になって仕方がないだろう。マッチプレーなら当然、ストロークプレーでもリーディングボードがあれば周りとの差は一目瞭然だ。
もちろん、それは中部さんとて同様で、相手との差は当然わかっている。把握はしているけれども、それに振り回されない。相手がもの凄く飛ばそうが、ピンそばに打とうが、ロングパットを決めようが、動じない心を持つことが大事なのである。
相手に翻弄されることほど愚かなことはない。巧妙な相手ほど心理作戦に出てくるものだ。しかし、決して惑わされてはいけない。相手は自分自身にあるのだと肝に銘じるべきなのである。そして、それは自分自身がベストを尽くすこと以外、するべきことは何もないのだということを、中部さんは悟ったのである。
これは言い換えれば、「相対評価ではなく、絶対評価をする」ということである。相手と比べるのではなく、自分がどうなのかを自分自身が評価すべきだということである。
何事もオンリーワンであれ
写真提供/オフィスダイナマイト
これは何もゴルフやスポーツに限ったことではない。学業でも仕事でも、常に他人と比べられ、比べてしまうのが世の常である。他人よりも優らなければ、入りたい学校に入れない。入りたい会社にも入れない。
成績が他の人よりも良くなければ出世も望めない。収入だって一向に増えないということになる。もちろん、ゴルフやスポーツでは目標の優勝に手が届かないということにもなるだろう。
どんなことにでも常に相手がいるのが事実なのだから。
しかし、そこに基準を置いては、勝てなかったときに自分が惨めになるだけである。負け組の烙印を自ら押してしまうことになるのだ。勝ち負けは、自分がベストを尽くせたかどうかだけに限る。
ベストを尽くせれば勝つことができなくても惨めな気持ちになることは決してない。胸を張って前を向ける。そうであれば、再び立ち上がって挑むことができるのだ。
「世界に一つだけの花」という歌がある。ナンバーワンにならなくたっていい。オンリーワンであればいい。要はそういうことである。
中部さんは中部銀次郎という唯一無二の人だった。それはオンリーワンだったからである。人と比べず、ベストを尽くすことだけを考えてゴルフをプレーした。
だからこそ仏様のような悟りの境地を持つに至ったのである。まさしく超然とした人間が、中部さんだったのである。
中部銀次郎(なかべ・ぎんじろう)
1942年1月16日、山口県下関生まれ。
2001年12月14日逝去。大洋漁業(現・マルハニチロ)の副社長兼林兼産業社長を務めた中部利三郎の三男(四人兄弟の末っ子)として生まれる。10歳のときに父の手ほどきでゴルフを始め、下関西高校2年生時に関西学生選手権を大学生に混じって出場、優勝を遂げて一躍有名となる。
甲南大学2年時の1962年に日本アマチュア選手権に初優勝を果たす。以来、64、66、67、74、78年と計6度の優勝を成し遂げた。未だに破られていない前人未踏の大記録である。67年には当時のプロトーナメントであった西日本オープンで並み居るプロを退けて優勝、「プロより強いアマチュア」と呼ばれた。59歳で亡くなるまで東京ゴルフ倶楽部ハンデ+1。遺した言葉は未だに多くのゴルファーのバイブルとなっている。
著者・本條 強(ほんじょう・つよし)
1956年7月12日、東京生まれ。武蔵丘短期大学客員教授。
『書斎のゴルフ』元編集長。著書に『中部銀次郎 ゴルフ珠玉の言霊』『中部銀次郎 ゴルフの要諦』『中部銀次郎 ゴルフ 心のゲームを制する思考』(いずれも日本経済新聞出版編集部)他、多数。
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